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  • 2017-08-09
  • 色の不思議あれこれ070
  • ▸石川九楊展「書だ!」に行ってきたその3
  • 「サンマ」の文字は誰でも読めるように太く大きく明瞭である。その周囲に走る筆あとに目を凝らせば、「くさき香世界/にみち/満ちて/やっとついた/ヒロシマは死人/をやく匂いにみちてい/たそれはサンマ/を焼くにおい/それはサンマを焼/く匂い/林幸子」と読める。あれま、ただ事ではない。死人を焼く匂いはサンマを焼く匂いと同じだ、と、あの原爆のあとやっとの思いでヒロシマを訪れた林さんは言っているのだ。それを石川九楊氏があのように書いたわけだ。パッと目を引く「サ」「ン」「マ」の三文字が、上記のような文脈に位置付けられて確かな意味を持つまで、私はかなりの集中を強いられながら周囲の書字の判読をしなければならなかった。しかし、この私の側の努力は確かに必要だった。立ち上げって来た言葉=詩句(?)を前に、私はほんとにびっくりしていた。
     さらに、すぐ隣には「生まぐさい/血の臭い/死臭/栗原/貞子」と読める。まさに「死篇」である。このように、鑑賞者が一定の努力を強いられるのは当たり前なのだ。そうしないと開かれない世界がある。
     「死篇」全体では、これ以上はもうない、というくらい多様な方法による書字が試みられている。その意味でも氏の70年代の仕事の総決算と言えるのではないか。ほんとうに見応えがあって、もっともっと見ていたかったが、それでもなお、どうにも判読できないところが多々あって悔しかったのは白状しなければならない。しかし、途方に暮れるほどの筆あとから、グイッと文字=言葉が立ち上がって来るときの力動感の一端は充分体感できた。その“立ち上がり感”は氏のその後の仕事にも一貫して保持されている。その意味では「死篇」は今日の氏の展開を予言している。すでに古典からの引用が多くを占め、80年代の幕開けにもふさわしかったほんとうに力のこもった作品だ。80年代の仕事を氏は「古典への退却」と言うが、どっこい素晴らしい仕事だ。しかし、正直私は「死篇」で体力を使い果たしてしまった。「歎異抄(全文)No.18」以降はふらふらになった。
     気がつけば「李賀詩」のシリーズは「歎異抄(全文)No.18」から4年後の作。「No.18」などのグレイの変容が「李賀詩」の黒というべきかもしれない。
     ともかく、今回出品されなかった60年代末の仕事や、70年代の他の諸作もいつかは見たい。そんな時が来ることを心から期待している。
     この文を書いているうちに既に展覧会は終了してしまった。今日はまたも暑い。
                      
    2017年7月31日 東京にて
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