190 藤村克裕雑記帳 | 逸品画材をとことん追求するサイト | 画材図鑑
藤村克裕雑記帳
藤村克裕

立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。

藤村克裕 プロフィール

1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。

1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。

内外の賞を数々受賞。

元京都芸術大学教授。

根本敬「樹海」を見に行ってきた その2
2017-10-17
「樹海」と名付けられたこの大作もまた同様である。先の尖った三角の白い形状に対して、丸い白い形状が対比されてアクセントをなしている。
 複数の目のあるショッキングピンクのエビのお寿司が飛び去っていく。シャリの表情に凝っているのに目立たないように描いている。
 茶色の怪物は、アフリカのフェティッシュの貫禄さえ帯びている。
 動物の鼻の穴から樹木が生えている。耳からチンチンが生えている。ほっぺから手が伸びている。灯篭もあれば、たくさんのハンガーもある。
 細かく線で描かれたのは、大部分は精子=精虫だけど、ところどころに小さく「ネジ式」の場面や「オバQ」、蛭子漫画に登場する男などを認めることができる。サービス満点、というか漫画へのオマージュだ。こうしたものも含みながら独特なテクスチャーを実現しているのだ。
 あそこの青と白とのところは富士山ですか? 
と尋ねてみた。先の狭まった四角いネット(網)のような形状が逆さまになっているところがあったので。
 そうなんです。あそこが出来て「樹海」っていうタイトルが決まりました。と根本氏は言った。
 素晴らしいイメージですね…。
と私は絶句した。ネット(網)みたいな逆さ富士。
 柔軟だなあ…。
心の中でつぶやいた。くやしいなあ、と思った。
  
(2017年10月8日 東京にて)

●美術手帖
「根本敬ゲルニカ計画」(ニコ・ニコルソン画)
好評掲載中 毎月17日発売
https://bijutsutecho.com/

●根本敬ゲルニカ計画
https://motion-gallery.net/projects/guernica
https://twitter.com/ntguernica
今回の展示は終了しました。

 
根本敬「樹海」を見に行ってきた その1
2017-10-17
『美術手帖』誌で連載中の「根本敬・ゲルニカ計画」に興味を覚え、描いた絵を一般公開する、というのでモノレール・昭和島駅にはじめて降り立った。  
 狭くてまっすぐなホームに、まず現実感が失われてしまう。階段を下りて狭くてジグザグの通路を歩いて東口改札を出る。右に水平の大きな建造物。柵も水平。歩ける道幅は狭い。体の感覚がなくなりそうだ。何度か直角に折れ曲がって、車の通る道に出た。
 ゆるやかに曲がる橋を渡り、高速道路の下をくぐると、おおきなコンテナが積み上げられている。こんな状況、見たこともない。スケール感がさらに狂っていく。が、かまわず歩いていく。途中、公衆トイレを見つけたのでおしっこをした。やがて、絵が公開されているらしき建物がある。壁に壁画があって、スプレーでごてごてに落書きされた手作りの小屋があったので見当をつけた。小屋はチケット売り場みたいだが人がいない。かまわず、建物の中に踏み込むと、特大の脚立に乗って根本敬氏が絵に手を入れていた。
 すぐに私に気付いて中断し、脚立から降りようとするので、あ、気になさらずにお続け下さい、と言うが、いやいや、とか言って、脚立を片付け、私の視野から消えてしまった。私はもう絵だけを見ている。スピーカーからの音楽がリズムを刻んでいる。
 大きな絵である。スペイン・マドリッド・ソフィア美術館にあるピカソ「ゲルニカ」と同じ大きさだというが、え、「ゲルニカ」ってこんなにでかかったっけ? というのが最初感じたことだった。「ゲルニカ」は、たしかにでかかったけど、ここにある絵よりは、もう一回りもふた回りも小さかったような気がしたのだ。まず大きさを感じさせる、ということは、この絵はうまくいってるんじゃないか、とまず思った。
 目に飛び込んでくるのは、意外に(失礼!)きれいな色彩。さすがに描き慣れたひとだ。ただ者ではない。あたりまえだ。根本敬だもの。
 色彩の綺麗さを認めるのと同時か、ほんの少しだけ遅れてテクスチャーの対比も見えてくる。筆によってためらわず描かれたいくつもの大きな形状だけでなく、細い“鉄線”でじつに細かな描き込みのなされたいくつもの領域が対比を成している。線はフェルトペンによるものらしい。複数の色が認められて複雑な表情である。とはいえ、視線はただちにその細部と全体の大きな組み立てとの関係を探ろうとしているが、何がどう描かれているか、一見して了解できるものではない。でかいだけでなく、例えば人体や動物らしきを認めたところで、その各所から妙なものが飛び出したり延びたりして、別のものに変容しようとしたりしている。その変容を支える法則のようなものも認めることができない。きっと、ひらめきとカン。
 地と図とが絶えず反転する。ただデタラメでも、混沌としているのでもない。 「根本敬の世界」としか言えないような絵になっている。
 根本敬氏の漫画を知らない人は、私の周囲にはあまりいない。いないどころか、敬意をもって語られている。かれの漫画には、おっぱいやチンチンや精子やうんこや内蔵や死体など、良識ある人たちが顔をしかめるようなものが頻出するので、誤解されているかもしれない。でも、ちゃんとその作品を読んでみれば、その世界は、正直すぎる愛と悲しみのようなものに満ち満ちていて、浄化の力さえ備えているように私は思う。
つづく→
「古本屋ツアー・イン・ジャパン さすらいの十年」展をみた
2017-10-12
 「古本屋ツアー・イン・ジャパン」を 知らない人は、すぐに検索してみるべきだ。驚くべきブログなのである。
 私は5、6年前に偶然これを見つけた。そこには、全国各地、古本屋であれば(いや古本屋でなくとも古本を販売しているとなればどのような業態のお店でも)労をいとわずそこを訪れて、お店までの順路とお店の様子を冷静に記述し、必ず最低でも一冊は購入してその本を紹介するとともに、お店の外観写真あるいは購入した本の姿の写真を添えるという、神出鬼没の記録が日記の形式で示されている。これを前に私は驚嘆し抜き、当日の記事は言うに及ばず、思わずこのブログの開始時点、2008年5月10日の宇都宮市は山崎書店の記事に至るまでひとつひとつ辿りながら夢中で読んでしまった。ほぼ一日かかった。そして、誰彼かまわず、あのさ、すごいブログを見つけた、知ってる? と吹聴して回った。以来、ときどき覗いてはその営みの継続を確認している。さっき確認したら、本日もちゃんと続いている。ほぼ毎日書き続け、アップしているのだ。ということは、毎日古本屋を巡っているのだ。すごい。このブログ記事は小山力也というひとの手によるものである。じつに面白い。
 近年、小山氏の活躍は大変に目覚ましい。あんなに面白いんだから、当然であろう。その小山氏の活動を紹介する展覧会をみた。
東京国立博物館で「運慶」展をみた その3
2017-10-10
 「四天王立像」もそれぞれ素晴らしい。部分の形状同士の関係が信じがたい強度であり精度である。こんなことができるのか、と目を見張った。「広目天」など、チントレットが描いたミケランジェロのメジチ像のデッサンのフォルムを想起した(なんだかとても回りくどい=苦笑)。
 あと、金剛峰寺の「八大童子立像」も素晴らしい。これはガラスケースに入っていたが、ケースへの周囲の映り込みなどがかえって面白いだけでなく、像自体がすごい。比較的小さな寸法なのに、“人形”にはなっていない。私は高野山に行ったことがないので、これらの像が常日頃どのように安置されているかを知らない。おそらくは、この会場のような距離の近さや明るさでまみえることはかなわないだろう。これらは、彫刻としてはもちろん、絵としても素晴らしい。背面のこの部分だけで充分すぎるくらいに絵として成立しているではないか、ああ、ほしい! というような具合に、「堪能」ということをした。
 他にもビックリしてばかり。その結果、第二会場では集中が途切れてしまった。いくら貧乏性をもってしてもダメだった。
 なんでも、東大寺俊乗堂の「重源上人座像」が10月7日から展示されるらしい。不覚にも私はこれが運慶作ということを知らなかった。「重源上人座像」、見たい! 見たーい! 先に述べた研修旅行の時にちょっと見たきりだ。たしか、お堂の奥の上の方にあった。かっこいい! と思った。その後見る機会はなかった。ああ、よく調べて来るんだった。あ、7日以降だと「日曜美術館」の後になるか…。
 疲れきって帰路につきながら、しょうがない、も一回来るか、と思った。野口英世の銅像も西洋美術館の看板もぜんぜん目に入らなかった。
          
2017年10月3日 東京にて

公式HP:http://unkei2017.jp/

追記:10月8日、あれっ? NHK.・Eテレ、日曜美術館の特集は「狩野元信」だった。ボケの進行がいよいよ深刻になってきた。お気づきの方にはお詫び申し上げます。


 
東京国立博物館で「運慶」展をみた その2
2017-10-10
やがて見えてきた博物館の前に行列はなかった。少しホッとした。
 会場ではまず円成寺の「大日如来座像」に迎えられる。
 円成寺には学生の時、学校の研修旅行で訪れたことがある。その旅行では多くのお寺を巡った。その中でもこの像のたたずまいは印象深かった。障子越しの(たしか)逆光の中の姿に見入ったことを今も覚えている。とはいえ、その後円成寺を訪れたことはなく、それっきりだった。それを、いきなり、こんなに間近で見ることができる。すごい導入だ。正直、とても驚いた。
 この像は、運慶20代半ばの作のはず。なのに、もう、すでに完璧である。体正面の向きに対して、頭の向きをほんの僅かずらしている(ようにみえる)。加えて頭部の正中線をごくごく僅かに傾けている(ようにみえる)。そのことが、超越的でありながらも親しみを伴うじつに生き生きした感じを像に実現している所以ではないか。この技量はただごとではない。それをガラス越しではなく直接間近に見ることができる。稀有なことだ。横に回れば、頭、首、肩、背中、腰、…、それらの有機的な繋がりがじつにたっぷりと的確に捉えられているのがわかる。すごい。手を合わせている人もいる。なるほど、そういう気持ちになるのもうなずける。しかし、バチ当り者の私は礼拝の対象としては見ていない。あまりにビックリして没入してしまい、もうここで大半の体力を使い果たしてしまった。文字通りバチが当たったのかもしれない。
 会場では次から次にすごい像が現れ出てくる。すでに体力はほぼ使い果たしたが、私には貧乏性という武器がある。がんばるのだ。これでもか、これでもか、と現れる像たちは、ほとんどがガラス越しではなく、むき出し。こんなぜいたくな機会はもうないかもしれない。貧乏性がさらに募るのだった。
 運慶の父=康慶作の像もあったし、快慶作の像、他の慶派の人たちの作もあった。文書など貴重な資料もあった。だから、この展覧会はさまざまな見方ができるように構成されている(はずだ)。
 とはいえ、私にとっての圧巻は、やはり興福寺北円堂の「無着菩薩像」、「世親菩薩像」、それから南円堂の「四天王像」(増長天、広目天、多聞天、持国天)。これらが、惜しげもなく、むき出しで展示されている。ビックリした。北円堂も南円堂もほんとうに限られたごく僅かの期間しか一般公開されないうえに、正直、各像をひとつひとつこんなに集中して見ることができる状況にはない。なのに、なんということだろう。この展覧会では、ほんとうに「堪能」ということができる。疲れ果てているのも貧乏なのも忘れてしまった。
 「無着菩薩像」と「世親菩薩像」はいずれも肖像彫刻としても素晴らしい。「無着菩薩像」の周囲を時計の反対回りにゆっくりと回って、背中から右手が見えた時、その手にはまさに血が通っていて、今ほら、動くのではないか、と思われた。そう思わされたのは、着衣の襞、つまり衣のなかにあるはずの体と布の表情との関係の見事さゆえであろう。頭部の表現ももちろん素晴らしい。
つづく→
東京国立博物館で「運慶」展をみた その1
2017-10-10
 たしか、春頃にはもう「運慶」展のことは大々的に宣伝が始まっていて、楽しみにしていたが、いつの間にかすっかり忘れてしまっていた。思い出させてくれたのは、NHK・TV「日曜美術館」の予告篇。来週の特集は運慶だ、という。あ、もう始まっているのだ。「日曜美術館」で特集されてしまうと、その展覧会の混雑はひどいことになってしまう。ゼッタイ今週中に見に行くぞ、と意を決し、上野を目指したのだった。
 晴天の午後。上野駅公園口。改札から公園に向かっていく人々のすべてが「運慶」展を見に行くように感じる。まさか、とは思う。が、あのどしゃ降りの日に都美術館前にできていた行列のことが頭をよぎる。あれは若冲展の時。私は見るのを結局断念した。
 そういえば、あの「清明上河図」が博物館にやって来た時には、正月早々、朝8時過ぎから、すでに門のところにできていた列に加わった。じっと開門を待ち、門から平成館まで走って、入場し、息を切らしながら他のものには目もくれず、まっさきに「清明上河図」のところを目指したのに、すでにもう行列ができていてそこでも長い間待たねばならなかった。あげく、止まらないで下さい、止まらないで下さい、と絶えず誘導の声が聞こえていた。やっと自分の番が来たから、必死で見た。ちゃんと見ようとすれば、当然時間がかかる。足は止まる。足が止まれば誘導の声は険しくなる。それでもよく見たいから、少しだけ動く。そして止まる。そうして“進んで”いると、そのうち行列の中から、はやくしろ! だったかどうだったか、声がかかった。思わず、うるさい! と言ってしまった。そしたら、ずいぶん勝手な奴だな、と別の声がかかった。あんたもここに来たらきっと同じようになる、と応じた。じつに不愉快だった。不愉快だったが、さすがに素晴らしい巻物だった。係員に促されながら見終えさせられて、もう一回見たくて、すでにかなり長くなっていた列の末尾にもう一度並んだ。ああ、あの頃は、はっ!(和田アキ子)まだ若かったのだ。
 そんなわけで、あんな根性はもうないなあ、と思って、たくさんの人々の背を見ながら改札から歩き始め、右手の西洋美術館の前に掲げられている看板に腰が抜けそうになった。「北斎とジャポニズム」とある。ドガの踊り子の絵と北斎漫画からの一コマが併置してある。ポーズがそっくりだ、ということだろう。あ・あんまりだ、と思った。…が、先を急いだ。樹々の間の野口英世の銅像の前を通る。いつもの道筋だ。野口英世は小柄な人だったらしいが、銅像の野口英世はとても大きい。
つづく→

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