立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
藤村克裕 プロフィール
1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
内外の賞を数々受賞。
元京都芸術大学教授。
岩槻に行ってきた(2)
2017-02-02
もう一人、水平/垂直のことを問題意識の基軸に据えていた(はずの)中西夏之さんを忘れてはいけない。中西さんも亡くなってしまった。中西さんのことは、しっかり、ゆっくり考えてみなければならないのは分かっている。でも、この文ではとてもムリ。私の力が及ばない。別の機会に。
これらの場合に対して「目」の樹脂製の“沼”はまさに沼の姿をするように作られている。幾何学的な形状はしていない。ということは、「水平面」を作ることが目的ではなく、“沼”の姿を作るには「水平面」が必要だったのである。3Dの“だまし絵”とさえ言えるかもしれない。
次第に当方の動揺もおさまって観察を深めれば、“沼”はもちろん、その周囲の樹木を含め細部にわたって非常によく作り込まれているのが分かる。この集中力はただごとではない。
係の人に、周囲から葉っぱが落ちてきたり土が入り込んだりしたらどうするの? と尋ねると、毎日拭き掃除をしています、ということだった。雨の日はどうするの? と尋ねると、中に入らずに見てもらうだけにしています、とのことだった。雨の日の表情も見てみたかったがもう手遅れ。溜った水の処理のために排水用の溝も目立たぬように作られていた。じつに周到だ。
“沼”の表面には周囲の樹木や中にいる鑑賞者の姿が逆さまに写り込む。ちょうどお昼頃だったので、逆光で“沼”を見ると表面いっぱいに太陽が広がった。
“沼”の反対側から上がって、靴をはき、さらに順路をたどると、雑木でトンネルが作られていて、それを通って出口に至る。私などは、つい千崎千恵夫氏を思い出してしまった。しばらく会っていないなあ、とか思っていたら出口だった。
ともかく、すごい力技であった。
これらの場合に対して「目」の樹脂製の“沼”はまさに沼の姿をするように作られている。幾何学的な形状はしていない。ということは、「水平面」を作ることが目的ではなく、“沼”の姿を作るには「水平面」が必要だったのである。3Dの“だまし絵”とさえ言えるかもしれない。
次第に当方の動揺もおさまって観察を深めれば、“沼”はもちろん、その周囲の樹木を含め細部にわたって非常によく作り込まれているのが分かる。この集中力はただごとではない。
係の人に、周囲から葉っぱが落ちてきたり土が入り込んだりしたらどうするの? と尋ねると、毎日拭き掃除をしています、ということだった。雨の日はどうするの? と尋ねると、中に入らずに見てもらうだけにしています、とのことだった。雨の日の表情も見てみたかったがもう手遅れ。溜った水の処理のために排水用の溝も目立たぬように作られていた。じつに周到だ。
“沼”の表面には周囲の樹木や中にいる鑑賞者の姿が逆さまに写り込む。ちょうどお昼頃だったので、逆光で“沼”を見ると表面いっぱいに太陽が広がった。
“沼”の反対側から上がって、靴をはき、さらに順路をたどると、雑木でトンネルが作られていて、それを通って出口に至る。私などは、つい千崎千恵夫氏を思い出してしまった。しばらく会っていないなあ、とか思っていたら出口だった。
ともかく、すごい力技であった。