144 藤村克裕雑記帳 | 逸品画材をとことん追求するサイト | 画材図鑑
藤村克裕雑記帳
藤村克裕

立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。

藤村克裕 プロフィール

1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。

1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。

内外の賞を数々受賞。

元京都芸術大学教授。

「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン」展
2019-04-25
 櫛野展正(くしののぶまさ)という人の名をいつ覚えたのか、記憶にない。ないが、おそらく「鞍の津(とものつ)ミュージアム」(福山市)での「ヤンキー人類学」展についての新聞記事。見に行きたいなあ、と思ったがかなわず、その後、どこかの書店で『ヤンキー人類学』という本を見つけて、あ! と、さっそく買い求め、櫛野氏の名を知ったのだったろう。
 「アウトサイダー・キュレーター」の櫛野氏が取り上げるのは、「アウトサイダー・アート」。
 「アウトサイダー」よりもっと“激しい”のは「アウトロー」だけど、櫛野氏は死刑囚が描いた絵も取り上げる。もっとも、死刑囚がそのままアウトローかどうか即断できない。死刑囚が描いた絵については、以前渋谷で見た展覧会のことをここに書いたことがある。あの展覧会も櫛野氏が関係していた。
 櫛野氏は今「鞍の津ミュージアム」を離れて独立し、「クシノステラス」というギャラリーをやっている(そうだ)。「アウトサイダー・アート」の情報を得れば、ためらうことなくどこへでも赴いて、作者に会い作品を見せてもらう、話を聞く、という地道な活動を厭わない(らしい)。
 そんな櫛野氏の名をカンムリにした東京・後楽園での展覧会である。後楽園には東京ドームがあり遊園地がある。もちろん庭園もある。が、ギャラリーがあるのを知らなかった。不覚であった。
「麻生三郎資料室」展を見た
2019-04-03
 「麻生三郎資料室」展という展覧会を見に、地下鉄有楽町線新富町駅六番出口から出た地上は初めての所。歩道から下方に細長い空間が広がって遊んでいるひとたちが見える。向こうの方には桜が満開の公園が続いている。もとは運河か川だったのではないか、と見当をつけながら「タイムドーム明石」という施設を目指す。「浅野内匠頭屋敷跡」と示す碑がある。聖路加国際大学がある。「女子学園発祥の地」という碑もある。あらま、「慶應義塾跡」の碑まである。キョロキョロしてしまった。
 「麻生三郎資料室」展は6階区民ギャラリーで4日(木)まで開催中。「資料室」というちょっと謎めいた名称で少し地味なのだが、この展覧会がすごいのだった。  
 私は二年前にも、高円寺の画廊でこの「資料室」の展覧会を見たことがある。その時、麻生三郎の油絵やデッサンの“本物”がたくさん展示されていてびっくりした。もちろん、本や雑誌などの「資料」もたくさん置かれていた。しかしその時には、道を間違えたりして時間がなくなってしまって、じっくり見ることができなかった。帰路、麻生三郎という人はこんな風に「資料室」を構えてくれる人がいるくらい大事にされているんだなあ、としみじみ思った。ムサビとか自由美術とかではなく、個人が(あるいは個人が何人か集まって)「資料室」を“構えている”のである。その時は時間が足りずに心残りばかりだったので、今回は他の用事を抱えずに訪れた。
「VOCA」展、「表層の冒険」展、「百年の編み手たち」展
2019-04-02
「VOCA」展、「表層の冒険」展、「百年の編み手たち」展

 ここ数日間で表記の展覧会を訪れて、ムッチャたくさんの作品を見た。なぜか? 無料だったからだ。ビンボー症ここに極まる、といったところ。
 「VOCA」展(上野の森美術館)は、去年と同じで新聞の集金の時に無料チケットをもらった。「表層の冒険」展(片柳学園ギャラリー鴻)は最初から無料だった。「百年の編み手たち」展は、東京都現代美術館リニューアル・オープン記念で、3月28日には終日全館無料だったのである。
 まず「VOCA」展。今年も、全国の美術館学芸員や識者から推薦を受けた40歳以下の若い人々の中から、5名の審査員による審査を通過した32名と1グループによる“平面”作品が展示されていた。“平面”と記しているのは、映像作品もレリーフ状の作品も多く含まれているからだ。大賞の東城信之介氏の作品は金属板にグラインダー様の電動工具を当ててできる線状の複雑な痕跡と描いた線状の形状などとが複雑な「見え」を生じている。これだけなら、すでにデビッド・スミスのような人の作品でおなじみの表情であるが、スミスの場合が彫刻作品の表面の表情であるのに対して、本庄作品では「平面」として限定された中で何かの描画材での線描とが組み合わさっての表情の現れなので一層複雑な「見え」を生じていて、絵画とは異なる世界を現出していた。私はKOURYOUという不思議な名を持つ未知の人の実に丁寧によく描きこまれた“地図”のような絵やレリーフ状の作品に好感を持ったのだが、その横には白色で下地を施したらしき大キャンバスにピンク色を刷毛で塗って刷毛目が残ったりタレが生じたり層の厚みのわずかな違いが生じたり‥‥というだけの作品(作者名を失念! 申し訳ない)があって、しかし、そのピンクの微妙な表情の違いへと、隣のKOURYOU氏の作品の細部へのようには目をこらすことができないことにふと気付いてしまった。ああ、絵の具が垂れてるのね、ああ筆触が見えてるのね、と確認するともう私の目はそこから視線を逸らしているのだった。何故じっと見入ることができない? と素朴な疑問を抱えながら、その後は気もそぞろ、ということになってしまったのだった。答えはまだ見つからない。

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