藤村克裕雑記帳

藤村克裕雑記帳281 2025-07-17

「岡﨑乾二郎 而今而後 ジコンジゴ Time UNfolding Here」展を見た(1)

 この文を書き(打ち込み)始めて、私は、氏の氏名の表記が、「岡崎乾二郎」ではなく、「岡﨑乾二郎」だ、ということに気がついた。「岡崎」だと思い込んで、「岡崎」と表記してきた。
じつに失礼なふるまいであった。岡﨑氏にお詫びしたい。
 申し訳ありません! 今後気をつけることはもちろんのこと、この『雑記帳』で生じさせてしまっていた表記の誤りはすべて私に責任があります。「雑記帳」の管理運営者にお願いして、訂正を実現してもらうようにしていきます。

 そんなわけで、しばらく落ち込んでいた。

 が、念のため、手元にあったいくつかの資料を確認してみた。  
 たとえば、私には極めて衝撃的だったあの『批評空間1995〈臨時増刊号〉モダニズムのハード・コア』(1995年3月、太田出版)。この書物の表紙カバーには3箇所に「岡崎乾二郎」とある。その12年後=2007年、この年の5月発行の『芸術の設計 見る/作ることのアプリケーション』(フィルムアート社)。この本も、監修・著者として「岡崎乾二郎」と表記している。

 一方、岡﨑氏は、2008年『美術手帖』(No.911、8月号)で「スーパーマンになろう! 現代アート基礎演習」という特集の監修と執筆に当たっていた。この時の表記は、「岡﨑乾二郎」だった(ちなみに、この特集を実際にやってみた、という記事を含めた『ZINE おかけん』がある(2023年発行)。どうやら岡﨑氏は一部の若い人々から「おかけん」と呼ばれて、アイドル化しているらしい)。
 この12年後。2019年11月から翌年2月に豊田市美術館で開催された「岡﨑乾二郎 視覚のカイソウ」展のりっぱな図録(ナナロク社)では、年表や文献目録を含めて氏の氏名のすべての表記が「岡﨑乾二郎」と統一されている。
 今回の都現美での展覧会を特集した雑誌類は、もちろんすべて「岡﨑乾二郎」と表記している(ただし、拙宅で購読している日経新聞のテレビ欄では、NHK日曜美術館の特集の告知を、再放送分も含めて「岡崎」としていた。おそらく単純ミスだろう。私と同じだ)。(さらに7月12日、日経新聞朝刊・文化欄、鴻知佳子氏の署名記事では「岡崎乾二郎」と表記していたことを追記しておく)。
 こうして、岡﨑氏自身が「岡崎」と表記していた時期が過去に確かにあったことは、確認できた。とはいえ、私は、この20年間近く、「岡崎」から「岡﨑」への表記の変更にまったく気付かずに過ごしてきたのである。不覚であった。‥‥私は、本格的に落ち込んだ。

 (数週間経過)

 (キリリとして)、落ち込んでばかりもいられない。東京都現代美術館における岡﨑氏の大規模な展覧会のことである。
 氏は私より五歳くらい若いが、氏の初個展は1981年、私の初個展は1982年というように、ほぼ同時代を歩んできた、といってもいいだろう。もちろん氏の初個展以降の活躍ぶりは、全く私の比ではない。また、氏と仲が良かったように私には見えていた菊池敏直、伊藤誠、佐川晃司、吉川陽一郎、松浦寿夫ら各氏もまた、私よりはずいぶん若く、初個展なども私より早かったが、私には彼らは同世代のような感覚があって、ある種のシンパシイとともに作品を見続けてきたのである。
 ただし、岡﨑氏とは、短い挨拶はしたことはあったにせよ、現在に至るまでほとんど話もしたことがない。ないが、1982年、氏のレリーフ作品を、東京・品川・原美術館の一階廊下の壁で見て以来、私は可能な限り氏の作品を見てきた。また、活字化された文や対談や催し物としてのレクチャー、、、などを通じて、彼から教わったことは数知れない。ヴェドゥータとか、爪と耳の理論とか。
 氏はそんな人物なのだが、2021年10月に脳梗塞を患って右半身が不随意になったにもかかわらず、それを乗り越えて、今、大掛かりな個展をしているのだから、これは私なりにしっかり見て、感じたこと、考えたことをまとめておくことは、私にとっては大事なことなのである。 

 開催中の岡﨑氏の展覧会は、現代美術館の三つのフロアを会場にしている。
 1階フロアには、2021年10月の脳梗塞発症以前の作品群から抜粋・構成した作品群と、岡﨑氏の多様な活動の軌跡を示す資料類や映像資料が並んでいる。中でも1979年作の「こづくえ」や1981年出版の絵本「かく」の原画やダミー本の出品・公開や「こづくえ」の出品・公開の扱いは特筆できる。

 2階のフロアの小さなスペースには、脳梗塞発症時に撮られたのだろう、岡﨑氏の脳の輪切り写真さえも展示されており、リハビリ中の描画の様子などの映像、それから、この『雑記帳』にも書いた『頭の上をなにかが』としてまとめられた岡﨑氏の回復過程での絵の作品群や、病気前に取り組んでいた描画ロボットやその資料映像などが展示されている。
 3階フロアには、脳梗塞以降に取り組んだ作品群が並んでいる。このフロアに並んだすべてを一年半ほどの間で制作したというのだから、本当に恐れ入る。すごいぞ! 不自由な体を抱えながらなのである。作品タイトルは例によって長く、しかも英文のものが多い。漢文も出てくる。

 岡﨑氏自身によるという会場構成は、特に3階フロアにおいて、めまいさえも誘発するような印象で、私にはとても消化しきれない。というか、咀嚼・嚥下さえ怪しいのだ。それは、どうやら、2015年あたりから開始されたという彼の「パネル絵画」と呼ばれる作品群に起因するように思われる。この作品群が登場した時から、私はこれらの作品群をうまく読み解けない。絵を成立させているはずの秩序というか構造が、私には“見えない”のである。それは、今回、3階フロアに並んだ多数の「パネル絵画」においても、変わらない。病後、色が明るくなったとか、すごくきれい、とか、伝えられる世評にも、私は素直に従えない。
 私(フジムラ)は、バカなのかしら。
 確かにバカは否定できないが、バカはバカなりに氏の作品に向かい、考えてみたい。
 3階フロアに突然現れた巨大な彫刻群には、その大きさとフォルムに正直あきれるほどであったが、「パネル絵画」に比べると、はるかに素直に見ることができて、それなりに受け止めることができた。
 内覧会の日には、巨大彫刻作品近くには、かすかに樹脂のような匂いがただよい、おやっ? と思ったものの、どうやって作ったものか全く見当がつかない。あれこれ作り方を想像したが、結局は分からず、ちょうど名和晃平氏がいたので、久しぶりだったが、これどうやって作ったか分かる? と尋ねると、おそらく粘土で作った原型を3Dスキャンして、3Dプリンタを使って作ったと思いますよ、と教えてくれた。へえ! 3Dプリンタとは恐れ入った。 とはいえ、原型での粘土の扱い方や手順は今もって、私には分からない。手、あるいは指の痕跡を殆ど認めることができないのである。どうやって作ったのか?

 私はかつて、2002年の軽井沢・セゾン現代美術館での岡﨑氏の個展について、その頃の勤務先だったある学校の副教材の冊子に長い文章を書いたことがある。今回、目を通しておきたいと思って、ずいぶん探したが見つからない。が、この時の展覧会の図録が見つかった。
 懐かしさもあって、図録のページを繰り、見入ることになったが、この時に発表されていた2点組の岡﨑氏の「絵画作品」を含めたその“仕掛け”=“仕組み”を解くところまでは、なんとか読み解けた、と思ってきた。とはいえ、当時は、そこまでで精一杯だった。
 その“仕掛け”や仕組み”の意味や、そもそも「絵画作品」としてどうなのか、という判断は正直“保留”してきたのである。見ることを問いかけるような“仕掛け”=“仕組み”がユニークで面白い、というところまでで満足していたのである。

 その長い文を書いた時、氏の「絵画作品」の背に必ず控える木枠のようなものを、「絵画の台座」と解釈して書いた。同様のことを富井大裕氏が今回『ユリイカ』7月臨時増刊号で書いている。岡﨑氏の「絵画」は、姿こそ「絵画」に似ているが、じつは「絵画」というよりも、台座を備えたキャンバスに粘土代わりの色材で行った壁掛けの「レリーフ」として見た方がよいかもしれない、というような問題提起をしたつもりだったが、このことも、中途半端にしてしまった。
 その後、岡﨑氏は「ポンチ絵」や「ゼロ・サムネイル」シリーズと呼ばれる作品群や「パネル絵画」のシリーズへと展開したわけだが、私はこれらの展開もまたきちんと理解できていない。今回、現代美術館の3階フロアに並んだ近作の「パネル絵画」群についても、果たしてあれらは「絵画」なのか、という思いを拭い去ることができないことを述べておきたいと思う。

 以下、展示されていた作品群の中から数点選んでメモしていく作戦をとる。それで精一杯。
(つづく)


→続き:「岡﨑乾二郎 而今而後 ジコンジゴ Time UNfolding Here」展を見た(2)
https://gazaizukan.jp/fujimura/columns?cid=334

岡﨑乾二郎
而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here

会期:2025年4月29日(火・祝)~7月21日(月・祝)
開館時間:10:00~18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(5月5日、7月21日は開館)、5月7日
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F/3F、ホワイエ
主催:東京都現代美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)
公式HP:
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/kenjiro/


「スーパーマンになろう! 現代アート基礎演習」
プレイバック!美術手帖 2008年8月号 特集「現代アート基礎演習」
公式HP:
https://bijutsutecho.com/magazine/series/s10/19110


岡﨑乾二郎 視覚のカイソウ

会期:2019年11月23日(土)〜2020年2月24日(月)
会場:豊田市美術館
公式HP:
https://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/okazaki/


岡﨑乾二郎/Kenjiro Okazaki
公式HP:
https://kenjirookazaki.com/jpn/


写真1:岡﨑乾二郎展より
写真2:『モダニズムのハード・コア』の書影
写真3:絵本「かく」の原画より
写真4:3階フロアの彫刻群の展示の様子から
写真5:「絵画作品」の背後に控える木枠のようなもの

藤村克裕

立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。

藤村克裕 プロフィール

1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。

1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。

内外の賞を数々受賞。

元京都芸術大学教授。

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