藤村克裕雑記帳

色の不思議あれこれ139 2019-08-23

暑い夏 その2

さて、「あいちトリエンナーレ」に比べれば、もっともっとちっぽけな「ビエンナーレ」の話だ。
 「小田原ビエンナーレ」。
 美術家の飯室哲也氏が中心になって実行委員会を組織し、小田原市の人々の協力を得ながらの自主企画・自主実施の展覧会である。2012年にプレ展を開催し、2013年から隔年で開催してきた。だから今年で4回目。参加作家は少しずつ変化して、小田原市内の画廊や施設などを会場にしてきている。私は2015年の「感性の磁場」と題された展示を見に行ったことがある。小規模で地味だけどなかなか面白く、興味深く見た。
 昨年、私は飯室氏から、故・八田淳氏の若き日の映像作品と、ある作品写真の出品とを求められた。故・八田氏の作品や資料は今私が管理している。もちろん快諾した。
 八田氏は晩年、旅行先の世界各所に座り込んで膝の上の画用紙を継ぎ足しながらそこから見える風景を360度鉛筆でスケッチしたり、拾った針金で作った富士山の輪郭線の形状の「八田フジ」を入れ込んだ写真をやはり世界各所で撮影したりしていたのだったが、2015年にガンで亡くなってしまった。その「八田フジ」が八田作品に登場した最初の作品写真とそれ以前の取り組みの一端を示す映像作品を、と所望されたわけである。確かにこれらはほぼ知られていない。
 八田氏は、八田の「八」と「w」と組み合わせれば「富士山」になるじゃないか、と1975年に気づいて、これは作品に使える、とひらめいたのだろう。その後40年間ほどをその「八田フジ」を自分のトレードマークのようにして、様々に変容させながら自分の作品に登場させてきたのだった。飯室氏の、二つのリクエストの理由は分かる気がした。
 前もって八田氏の作品資料のファイルとDVDになっている映像を飯室氏に届けて、搬入日に額装した写真を会場に届けていた。
 

そして、8月12日、搬出を兼ねて小田原を訪れたのである。暑い日だった。
 今年の「小田原ビエンナーレ2019」は「思考と表現」と題されており、私はまず八田氏の資料写真が展示されているはずのアオキ画廊に向かった。そこで開催していたのは「コンセプチュアルな表現の断章」展。12日は、その最終日だった(前日に、八田氏を含む複数の作家の映像作品の上映が別会場で開催されたが、都合がつかず、見ることができなかったのはいかにも残念)。
 堀川紀夫、松澤宥、田中孝道、八田淳、栗原昇、加藤富也、白川昌生、福田篤夫、加藤義郎、高橋勝、中島けいきょう、山口俊朗など各氏の60年代末から70年代の作品写真や資料、関係資料が並んでいて、それなりに見応えがあった。  
 特に私が興味深かったのは、1970年の「人間と物質」展(東京都美術館)の関係資料(中平卓馬撮影の写真を表紙にした今や超貴重な図録、会場内の松澤氏のスペースで配布されていたという松澤宥氏作成の“チラシ”など)。それから、甲府一高で同級生だったという飯室氏と田中孝道氏それぞれの処女作といっていい1969年当時の作品資料など。田中氏は松澤氏が行った「音会」の参加者でもあったはずだ。飯室氏と松澤氏との関係は聞きそびれてしまった。そういう意味でも興味深い。
とは言え、ここに集められた作品や資料の選択基準は私のような第三者には分かりにくかった。ここになぜ八田氏の作品が必要だったか、など。
 正直、そういう難点は否めなかったが、飯室氏の個人史にしっかり位置づけられ、残ってきている人々の資料、と考えるなら一定の納得はできたのだった。
 続いて銀座通りをさらに南下してツノダ画廊に向かった。ここには宮下圭介氏と最近亡くなった足利の長重之氏の作品が二つに区分されたスペースのそれぞれに展示されていたが、とりわけ引きつけられたのは、宮下氏が1972年に制作したコンクリートとポリエステル樹脂とによる作品の再制作作品。
 それは床に水平におかれていたが、コンクリート(=モルタル? セメント?)で作られた分厚い板状の四角形の表面にこれまた分厚くポリエステル樹脂を流し込んで層を形成させたもので、独特の表情を帯びていた。支持体と描画層との関係をピックアップしたもののように見える。当時の若き宮下氏は、このように、絵画の“成り立ち”について問い詰めていたのである。こうした一種の確認作業が現在の宮下氏の旺盛な制作ぶりと作品群へとまっすぐにつながっていることに感銘を受けた。
 長さんがこの展示直前に亡くなったのはいかにも残念だが、生前に長さんがこの展覧会のために選んであった作品が展示された、とあとで誰かから聞いた。
 
つづく→

藤村克裕

立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。

藤村克裕 プロフィール

1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。

1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。

内外の賞を数々受賞。

元京都芸術大学教授。

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