藤村克裕雑記帖248 2023-11-13
「やまと絵」展をみた
東京国立博物館で「やまと絵」展をみた。SNSの複数の投稿に、すごい量なので覚悟して行くように、とあった。なので、空腹に備えてポッケに飴玉を複数持って行った。バテ始めたら監視のお姉さん、お兄さんの目を避けてこっそり舐めればいいんじゃないか、と思って。結局、展示室では空腹を感じている余裕がなかった。
さすがにすごい出品数と密度。ザッと見ただけで、ずいぶん時間がかかった。堪能ということができたわけである。が、「やまと絵」と言うときに、雪舟が含まれるのか、とか、宗達は「やまと絵」とは言わないのか、など日頃の不勉強が露呈してくるのはつらい(雪舟が出ていて宗達は出ていなかった)。つらいが、不勉強なのは事実なのだから、調べてみた(「ウィキペディア」で)。が、よく分からなかった。
この列島の風景や人物を描いた平安時代から江戸時代くらいまでの絵のことを「やまと絵」というようだが、図録の冒頭で、土屋貴裕氏が「やまと絵の歴史は長く、また対象とする主題も多岐にわたり、その全貌をまとめることは難しい」と書いて論を始めている。全貌をまとめることが難しいので「本論では、やまと絵が成立した前後の状況を見直しながら、草創期のやまと絵を考えるうえで重要な要素である和歌との関わりを中心に、その後の歴史を大きく振り返ってみたい」と続けている。
会場に入ると、いきなり秦致貞「聖徳太子絵伝」(1069年=平安時代)がある。初めて見た。大きい。曖昧な色の広がりがきれいだがよく見えない。メガネを忘れてきたのである。慌ててロッカーに戻ってカバンからメガネを出して装着し会場に戻った(入場した当日であれば会場の出入りは自由になっていて、ありがたい)。茶系の色の広がりに極めて微妙なグレイや緑、黒、朱が点在している。名状し難いそのグレイの色合いは雲とか霧や霞を表しているようである。比較的明瞭な茶は建物の屋根、緑は植物や樹木、黒は聖徳太子の衣服というかシルエット。いくつもの場面が横方向のグレイの色の広がりで展開していくように見える。横方向と言えば屋根の茶色もその動勢を強調している。そこに山=地形を示す幾重もの曲線が介入して、場面転換が図られている。が、どんな場面かまでは読み取れないし、あまり興味も湧いてこない。ともかくいきなり綺麗で、虚を衝かれた。あの“ダチョウ倶楽部”ならきっと三人で(あ、一人亡くなっちゃったから二人で)、つかみはオッケー! と言ったはずである。
あとはもう、あきれるほどのたたみ込み。息がつけない。「日月四季山水図屏風」(室町時代)があるわ、雪舟「四季花鳥図屏風」(室町時代)があるわ。
久々に見た「日月四季山水図屏風」は、いかにもやまと絵、という風格で素晴らしい。没入ということをしてしまった。同じ並びに雪舟が出てくる。え? 雪舟って、やまと絵なの? と疑問がよぎるが、あまりの切れ味に目を凝らすこと以外のことができない。幾重にも重なる形状をなんなく描き分けてあってため息が出る。ふと、画面に黒い点々が散在していることに気づき、一体なんのために? と気になって、気になると止めようもなく、長い時間目を凝らしたが、結局は分からない。同じように、縦の短い細線がパラレルハッチングのようにあちこちに描かれているが、こっちの方は水辺の葦とかだろう。うーん、気になる。気になるが答えが出せない。どなたか、黒の点々についてご存知なら、ぜひご教示いただければありがたい。
ここまでですでに長い時間を費やしてしまった。「序章 伝統と革新ーーやまと絵の変遷」とあるコーナーである。オッケーどころか、つかみすぎ。
以下、次のように進む。
第1章 やまと絵の成立ーー平安時代ーー
第1節 やまと絵の成立と王朝文芸
第2節 王朝貴族の美意識
第3節 四大絵巻と院政期の絵巻
第2章 やまと絵の親様ーー鎌倉時代ーー
第1節 写実と理想のかたち
第2節 王朝追慕の美術
第3節 鎌倉絵巻の多様な展開
第3章 やまと絵の成熟ーー南北朝・室町時代ーー
第1節 きらめきのかたち
第2節 南北朝・室町時代の文芸と美術
第3節 和漢の混交と融合
第4章 宮廷絵所の系譜
終章 やまと絵と四季ーー受け継がれる王朝の美ーー
絵巻物を見ていたあたりでチャイムがなった。お昼の時間を知らせたのであろうか。学校みたいで笑えた。
展示は、ともかく圧倒的である。第一会場から第二会場に進み、途中から“流して”しまったはずなのに、第二会場を出たときには四時間以上経過していた。ヘトヘトだった。休憩所の椅子に座り込んで飴玉を舐めた。それでは足りなくて、食堂で軽い食事をして、少し元気になった。
いくつかメモしておきたい。
私は連綿体で書かれた文字がほとんど読めない。万葉仮名を読む素養がないせいだと思う。が、読めなくても、構わず一つ一つ文字をできるだけ辿ってみるようにしてみた。そうすると、紙にあらかじめ描かれた模様というか絵と文字との関係が実に有機的な様相で感じ取れることに気づいたのである。これまでは、文字を読むこと(見入ること)を最初から放棄していたので、気づけなかったことだった。
例えば、連綿体ではないが「平家納経」(平安時代)。平安時代の料紙の装飾の技の粋を極めた絢爛豪華なこのお経は「薬王菩薩本事品 第二十三」が展示されていたが、その始まりの絵はもちろん素晴らしい。が、お経の漢字を一つ一つ辿っていくと、料紙の箔装と文字とが共に目に飛び込んできて、お経の漢字を書くスペースに縦に引かれた金色の金一な太さの線もまた目に飛び込んでくるが、文字のほうが上の層にあるように感じる。それが順を追っていくに従って文字が箔装の中に混じり合って一体化し、さらには逆転するかのようなドラマが生じていたのが見てとれた。これを大変興味深く感じた。
徳川美術館蔵「西行物語絵巻」(鎌倉時代)は建物の描画が素晴らしい。薄い墨色の肥瘦のない細い線で描かれた建物は、大変理知的な描画だと感じさせられた。
他にも多数の絵巻物が展示されていたが、いずれも、つまみ食いをしたような感触というか、物足りなさを感じさせられた印象が否めず、「四大絵巻」(「源氏物語絵巻」「信貴山縁起絵巻」「伴大納言絵詞」「鳥獣戯画」)を一堂に集めずとも(それも10月11日〜22日のみ)、どれかひとつくらいを全部見せてもらえると、大変な満足感が生じた気がするがどうだろうか? 会場の都合もあろうが、同時期に今年の文化功労者の展覧会(訪れていない)が行える”ゆとり”があるのなら、さまざまな可能性を考え得たはずではなかったか。
また、冒頭、雪舟があるのに宗達がないことの違和感を述べたが、雪舟だけでなく狩野元信なども「やまと絵」とされている違和感が拭い難かった。帰宅して、この展覧会のチラシを改めて見ると「平安時代から室町時代までの優品を精選し、ご紹介」とあるので、宗達がないのはあらかじめ告知済みなのであった。なるほど。が、ホントに雪舟や元信や狩野派もやまと絵なのだろうか。浮世絵も? チラシには雪舟の名も元信の名も出てきていなかった。
会期中の展示の入れ替えについては、作品保護の観点からやむを得ないこととはいえ、また、チラシに小さく記載があるとはいえ、わかりにくくて残念だ。とはいえ、二度三度足を運ぶには入場料が高く(二千円突破!)、図録も簡単な金額ではない。せめて、二度目、三度目に訪れるに従って割引があるとかの制度を考えていただきたいものだ。でなければ、会場には、お金にゆとりある老人たちだらけになって、こうした優れた作品群を一番見てほしい若い人たちの足ががさらに遠のくことになるだろう(学割があるとはいえ)。
思い立って、1993年に同会場で開催された特別展「やまと絵 雅の系譜」の図録を取り出してみると、当時のチケットが挟まっており、入場料は790円だったようである。今、ざっと約三倍。ビンボー人には辛い。
11月12日、NHK日曜美術館でこの展覧会の特集があって、山口晃氏が登場して画家ならではの見方を披露していて面白かった。彼はサービス精神が旺盛である。ぜひ再放送(おそらく11月19日午後8時Eテレ)の視聴をお勧めしたい。
帰路、日暮里までテクテク足を伸ばし、HIGUREで船木美佳・O JUNによる「消えないし、」展を見物した。戦時中の詩人たちの発表作を当時の掲載誌を収集して明らかにした大谷芳久氏のコレクションを受け継いだ船木氏による発表にO JUN氏が賛同したものであろうか。船木氏がアニメーション作品と大谷氏の資料の一部、大谷コレクションをもとに製本した詩集、それから和紙の上の文字に針で穴を開けた作品を出品し、O JUN氏は四つの作品を展示していた。最近、クレヨンを使っているらしいO JUN氏の「アイウエオ 1945」の形状の際の処理に目を見張ってしまった。
(2023年11月9日の出来事を11月13日記、東京にて)
特別展「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」
会期:2023年10月11日(水)~12月3日(日)
※会期中、一部作品の展示替えおよび巻替えがあります。
休館日:月曜日※ただし本展のみ11月27日(月)は開館
開館時間:午前9時30分~午後5時
※金曜・土曜は午後8時まで開館(総合文化展は午後5時閉館、ただし11月3日(金)より、金曜・土曜は19時閉館)※最終入場は閉館の60分前まで
会場:東京国立博物館 平成館
公式HP
https://yamatoe2023.jp/index.html
立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
藤村克裕 プロフィール
1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
内外の賞を数々受賞。
元京都芸術大学教授。
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