藤村克裕雑記帳236 2023-05-25
諏訪市美術館に立ち寄ってきた
所用あって諏訪に行った。用事の合間に上諏訪にある諏訪市美術館を訪れた。平日の美術館は実に閑散としていた。雨のせいもあったかもしれない。展示は、とても充実していた。
この美術館には、1994年に63歳で亡くなった彫刻家・細川宗英氏の彫刻作品が多数常設展示されている。以前、全館を使っての回顧展が開かれたときにここを訪れたことがあった。
その時も、1953年作の「F嬢の首」という最初期のブロンズの作品に大変な感動を覚えたが、今回、再びまみえて、感動を新たにすることになった。もちろん他の作品群も彫刻に素人の私ごときが何事かを述べうることなどできず、そんなことから、はるかにとび抜けた問題意識で貫かれている。それだけはわかる。ともかく、最初期の作品がこれなのだから、口あんぐりなのである。
顎をやや前方に突き出した頭部、暗示される両方の肩の方向から右へとわずかに捻りながら頭部を支える首、頭部の正中線は直線状ではなく緩やかに揺れ動いて、眼窩、眼球、瞼、頬骨、小鼻、口元‥、と連動しながら顔の作りに微妙な動勢を生じさせ、図式的・機械的なシンメトリーから隔たって、生き生きした表現に至っている。「彫刻」ならでは表現である。細川氏は1930年生まれというから、当時23歳。若くしてこれだけの力量を示しているのだから、あとはどうなっちゃったんだろ? と思うのが自然というもの。その答えは、これを読んでくださっている方々が、諏訪を訪れて体感なさる意外になさそうである。
ともかく、日本という風土の中で「彫刻」を、とりわけ粘土や石膏、セメントといった素材による“モデリング”で、どう成立させ形作るか、という問題を抱えながら、果敢に「彫刻」と取り組み続けた、と言えるのではないだろうか。諏訪市美術館が常設展示するにふさわしい稀有な作家であろう。
美術館一階の半分ほどのスペースを占有する細川作品群を巡り終えて、次のスペースに移動すると、不意をつかれるように大沼映夫氏の2003年の油画「遊人」に出くわした。そして、つい長い時間没入した。
「大沼映夫氏」とかクールに書いているが、私の学生時代の恩師ともいうべき人である。つい最近、求められて、川俣正氏の1983年作品、札幌での「テトラハウスN-3 W-26」について長い文を書いて、その時に大沼氏のことにも触れたばかりだった。
今回予期せずまみえた「遊人」は、「ライフダンス」と呼ばれるシリーズのうちの作品で、比較的小ぶりな大きさである。「ライフダンス」のシリーズは、発表の当時にたびたび見ていたが、ほとんどちゃんと鑑賞してこなかったことが分かって、その不覚さを恥じ入るほどだった。
多くの人間の姿が線の要素で示されているが、頭部を上から捉えた形状を丸で描いている以外に閉じた形状がない。白い色面のあちこちに人体の形状を暗示する幅広の線が配され組み合わされているが、線が閉じることがないので、オールオーバーと言ってもいいような要素を含んだ作りである。
が、白の色調が尋常ではない。白を筆で塗り付けた複雑な痕跡がマチエールの差異を示して複雑な調子の変化を生じており、そこに極めて微妙に変化する色彩の配置さえをも感じさせる。出会い頭には“黒さ”と感じさせられた微妙な肥瘦を含んだ幅広の線が、実は実に複雑な色相の重なりで成り立っていることがみてとれ、その線の傍らに赤や青や黄色の色相が寄り添っていて、それぞれが画面全体に震えのような影響を及ぼしている。極めて知的に構成された、しかも色彩への超高感度の感性に支えられた画面であるのがよく分かって感嘆することになった。
今年90歳になられたというが、先の国画会でも、新作2点を展示して果敢な挑戦を続けておられ、私はもう随分お目にかかることも無くなってしまったが、またまた、叱られているような気がした。私もとっくにもう爺さんなのに、眉毛や耳から長い毛が伸びていたりするのを見つけてびっくりしたりするのは、いつまでも学生気分が抜けない証拠だ。が、こればかりは如何ともし難い。
2階では全く未知だった赤羽史亮という人の展示。正直、驚いてしまった––。まず、大きな作品が林立していて驚かされる。壁にかかるなんて状態ではなくて、床から自立しているのだ。裏側にも小品がかけられていて、壁にも100号以上の大きさの作品が並んでいる。スペースを使い尽くそうとするようなパワー満点の展示だ。リストでは56点というが、この集中力は只者ではない。茅野市に在住でこうして制作しているようだが、地元の人々はともかく、こうして人知れず(私が知らなかっただけかも)制作に集中している若い人がいることを知ると、なんだか励まされているような叱られているような気になる。とても色感がいい人なのが明らかだが、大作はじめ多くの作品がその良さを打ち出そうとはしておらず、そこもまた興味深い。絵の具を盛り上げてする表現がなんだか弱々しく感じたのは私だけだろうか。配布されていた資料に「土や菌類、昆虫たち、皮膚や内臓たちはパンクバンドを結成し、世界中でGIGを繰り返している。/僕は音の中を掘り進める。」との一節を見つけて妙な納得をしてしまったが、大作のための材木製の支えの作りなどにも目が行って興味が尽きず、時間さえあればもう少し留まっていたかった。
というわけで、諏訪市美術館、恐るべし。すぐ隣の千人風呂はお休みの日だった。残念! (2023年5月23日、上諏訪にて)
画像左上:細川宗英 「F嬢の首」1953年 ブロンズ
右上:大沼映夫 「遊人」2003年 油彩
下:赤羽史亮 SOILS AND SURVIVIORS展より「cell/skin/hole」2023の表と裏
諏訪市美術館代表
長野県諏訪市湖岸通り4-1-14
Tel:0266-52-1217 Fax:0266-52-1217
公式HP:https://www.city.suwa.lg.jp/site/museum/
立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
藤村克裕 プロフィール
1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
内外の賞を数々受賞。
元京都芸術大学教授。
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