色の不思議あれこれ197 2021-03-15
日下正彦「溢したミルク」展 その1
春の嵐が過ぎて、雲ひとつない真っ青な空の日だった。
ずっと、いつになく忙しくしていたので、展覧会見物もご無沙汰していた。江古田の「ギャラリー水・土・木(みず・と・き)」で表記の展覧会が最終日だったので、やっと時間もできたし、出かけることにした。滑り込みセーフ。
私よりずっと若い日下正彦氏とは、旧知の間柄。東京で発表されてきた彼の作品は比較的見続けてきた方だと思う。最初期には牛とかの形状を実物大でカラフルに作っていたが、近頃は、ずっと、一貫して犬を作っている。犬、と言っても、キャラクター化、というか、一般化させた記号のような犬ではなく、愛犬のポチ。つまり、極めて具体的な犬で、品種とか血統とか、取り立てて述べることもなさそうな、普通の雑種の犬のように私には見える犬である。が、日下氏には特別な犬、極めて具体的な犬なのである。だからだろうか、氏の作品は、生々しくて、時に怖い印象さえ生じさせてくる。言い換えれば、いつも、とてもよく作り込んである迫力のようなものが伴うのだ。
今回は、道路からギャラリー入り口までの外の空間とギャラリー内部とでの展示であった。
ギャラリーへのアプローチは庭のようになっていて、道路からよく見える。そこに設置された大掛かりな作品は、一般の通行人も興味を持って立ち止まって見入ったりするほどインパクトがある。
黒い大きな塊の上にほぼ実物大の犬が座っている。黒い塊は、実物大の犬小屋の上に倒れかかっていて、犬小屋を破壊している。その周囲には板で作られた小さな家の形状の立体が多数配されており、それらの一つ一つが壊れている。黒い塊、と見えたものにはあちこちに亀裂が生じており大きな亀裂からは中が空洞であることが確認できる。つまり、これは、黒い“表皮”で形成されている何物か、なのだ。その上に座る犬には目がない。が、よく見れば、目を瞑っている様子が表現されている。また、首に付けられた古びた皮の首輪から鎖が伸びて“表皮”に添いながら下にずり落ち、破壊された犬小屋を経て、黒い何物かの先端の金具に繋がれている。それにしても、昨日(3月13日)のあの激しい雨や風に、この作品はよく耐えたものだ、そう思ってさらに見ると、多少の風雨にはビクともしない工夫がなされているようである。黒い“表皮”もただ黒いのではなく、巧みに耐水措置が取られ、デリケートなマチエールを持ち、多様な色味を含んでいる。明らかに、爆弾のような物騒なものを想起させるが、何であるか、判然としない。“表皮”の一部からビニール製とおぼしき太いホースが伸びている。犬小屋の周囲の多数の立体は、明らかに壊れていたりひっくり返ったりの様子をしているので、戦争とか自然災害の様子を連想させる。ならば、黒い“表皮”で形成されたものは、やはり爆弾?
つづく→
立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
藤村克裕 プロフィール
1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
内外の賞を数々受賞。
元京都芸術大学教授。
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