色の不思議あれこれ175 2020-06-11
「神田日勝 大地への筆触」展 その2
1964年には死んで腹を裂かれた赤毛の牛を描いた『牛』(この作品は生前未発表だったという。また、この年の日勝は多産で、作品はバラエティーに富んでいる。「独立展」初入選の『一人』、次の年の「独立選抜展」へ出品の『飯場の風景』、先ほど述べた『集う』の習作など。長男が誕生したからか、『人間』と題した絵具を流動的に使って一気に描いたような、後の時代の「ヘタウマ」的な絵もある。これらは全て会場に展示されている。『人間』という絵は初めて見た。全く知らなかった)。1965年に『馬』と『死馬』。1966年に『牛』、『静物』、『開拓の馬』。さらに『画室A』、『画室B』とめまぐるしいが、1966年作の『静物』について一明は図録のインタビューでこんなことを言っている。
「僕が弟の絵で特に大嫌いなのがあるの(笑)。全道展で会友賞をとった、筵(*ママ)の上にいろいろな野菜をいっぱい描いている絵。」
「僕が審査員なら落選させたいような派手で汚い絵。」
「このあたりの時期、説明的な要素が勝った絵が多いんだ。絵具の缶を並べた絵とか。意識的にキュビズム風に描いているけど、なんだか観念的でね。」
その「絵の具の缶を並べた」画室の連作の制作は続く。1967年の『画室C』『画室D』『画室E』では一明を一層強く意識している(はずだ)。
1968年には、画室の連作の流れであろうか『室内風景』が描かれ、ここに人物像が再び登場することになった。独立展出品作の『壁と顔』もこの年だ。この時期の画室の連作や『壁と顔』でのペインティングナイフの扱いのワザは実に丹念で素晴らしい。ところが、同じ年に“ちゃぶ台返し”のように『晴れた日の風景』を描いている。三人の家族を描いた1964年の『人間』の展開かもしれない。絵具の“可塑性”を利用して身振り露わに不定形の原色の数々で画面を覆って漫画的な線を引き、馬と人と太陽と青空にしている。パレットなど使っていないはずだ。きっと、ずっとやってみたかったのだろう。ある日、決断して、えいっ! とやった。しかし、成功しているとはとても言い難い。というか、『晴れた日の風景』は、成功/失敗を度外視した準備体操のようなものだろう。さらに『人と牛A』、『人と牛B』、『人と牛C』、『人と牛D』と連作され、さすが日勝、『人と牛D』あたりでは、ある魅力が芽生えるところまで持ってきている。
1969年にも一方で『人間A』、『人間B』、『作品B』(これらは激しい身振りが露わな前年の作品群とは異なる描法で描かれている。書家・石川九楊氏にならえば、1968年の5作品がナイフをトン・スーと用いているのに対し、これらの作品ではトン・スー・トンと用いている。この違いはすごく大きい)、『作品C』(この作品では絵の具に白を混入し1964年の『人間』とほぼ同じ構図で家族を描いている)のような連作群を描いているのに対し、“先祖返り”したようにペインティングナイフで緻密に『ヘイと人』を描いている。この絵には、ペインティングナイフだけで緻密に描いたかなりの面積の新聞紙が登場している(新聞紙は「画室E」から登場している)。この新聞紙では各所に配される小さな面積の図版の図像表現が面白い。細部まで説明的に描くのではなく、ペインティングナイフを巧みに使ってどんな図像かその図像の中身を「感じさせる」描法で、『晴れた日の風景』以来の取り組みの成果があらわれていて成功している。
また、1969年10月には、『人間B』を出品した「独立展」を見るために鹿追入植以来はじめて上京している。東京で『人間B』がどう見えるかを自分で確認したかったのだろう。東京に滞在中、「独立展」以外に日勝がどこを訪れたかは分からない。いろいろなところで様々な作品の現物を見て、多くのことを感じ、様々なことを考えたに違いない。それを踏まえて次の年に取り組んだのが『室内風景』と『馬(絶筆・未完)』だった。ここに孕まれる意味は深い。
さて、1970年の『室内風景』のほとんどの面積が筆で描かれているのを今回見つけて、何度も確認し、私は本当にびっくりした。1970年、日勝没後の「独立展」で実見して以来、様々な展覧会で何度もこの絵を見てきたが、ずっと画面のすべてがペインティングナイフで描かれているとばかり思い込んできた。そうではなかったのである。私は一体何を見てきていたのだろうか。情けない。情けないが、新たに考えた事もある。
また、馬の半身だけが描かれた『馬(絶筆・未完)』は、実は絶筆ではなく、『室内風景』より早く取り組んで、途中から放置されたままにされていた作品だ、と今回新たに知って、これにも相当驚いた(今回の展覧会でも順路の最後に『馬(絶筆・未完)』が展示されていたが、会場構成として納得できるものだった)。
つづく→
画像:上「牛」1964年
下「人間B」1969年
立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
藤村克裕 プロフィール
1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
内外の賞を数々受賞。
元京都芸術大学教授。
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