色の不思議あれこれ147 2019-10-09
岸田劉生展を見た日 その2
そういうわけで「岸田劉生展」は、駆け足になってしまった。
概ね制作年代順に展示されているので、制作の展開の様子がとても見やすい。こじんまりとしているがすごく良い展覧会である。と、前期と後期に展示替えがあったことに配布されていた「作品リスト」で気づいた。前期はすでに終了しており、うーん、知らなかった。不覚であった。
16歳の頃の風景画から、亡くなった1929年に描かれた風景画までが並んでいる。岸田劉生は1891年に生まれているので、キャプションの制作年に9を足せば絵を描いた時の年齢が分かる。亡くなったのは38歳。いかにも早すぎる。
十代のこの人が黒田清輝の画塾に通っていたことを不覚にも完全に忘れていた。いたが、黒田の影を感じさせることはない。素直な描写で、随所に観察の繊細さ確かさが現れている。これが黒田の指導のたまものだとすれば、黒田はとても優れた指導者だっただろう。
「銀座と数寄屋橋畔」(1910—1911)はある達成度を示していて素晴らしい。ただし、この時期の人物画には耳部に難がある場合がある。
フォーヴィズム的な取り組みを短期間おこなったあと、古典に目が向いて自覚的に古典的な描画が試みられていく。自画像や友人たちの肖像を次々に描きながら、オーソドックスな描画を繰り返していくのだ。耳部が気になる事はもうない。パレットで混色して作った褐色系の色を並べていく描き方である。“首刈り”と呼ばれたように、自画像を含め「肖像画」が繰り返し描かれる。細部まで絶対におろそかにしない、という姿勢が一貫している。どんどん洗練されて行く。
私の記憶が蘇る。美術を志した高校生の時、ある人に岸田劉生の自画像の図版を示され、このくらいは描けないとだめだ、やれるか? と問われたのだ。あまりの細かさにたじろいだが、やってみます、と応じた記憶がある。で、やってはみたものの、似ても似つかぬ自画像になってしまった。細かいところまで描くのだな、とだけ感じる程度の力しかなかったのだから当然だった。当時、細い金属枠の丸メガネが欲しかったなあ。あんなメガネをかけてボウズになって描けばうまく描けるかも、と真剣に思っていた。ボウズにはなってみたが、メガネは黒縁のままだった。うまくいかないのをメガネのせいにしていたかもしれない。
こんな風に、私にはカタチから入るクセがある。同じ頃、学校の図書室でピカソの伝記を立ち読みしていたら、こうあった。
若いピカソは貧乏すぎて冬のパリで手袋が買えませんでした。そこでブラックとお金を出し合って手袋を買いました。二人で分けて、互いに片方の手に手袋をはめ、もう片方はポケットに突っ込んでパリの街を歩きました。云々。
で私は、登下校で使っていた手袋の片方を捨ててしまって、残った片方をはめてもう片方はポケットに突っ込んでピカソ気分を味わったことさえある。あ、こんなことはどうでもいい話だ。
ともかく、劉生の「首刈り」の集中度は凄まじい。代々木に引っ越してからも断続的に続く。
代々木では風景に取り組む。当時の代々木はこんなだったんだなあ、と思わせられる風景画である。有名な「切通之写生」(1915年)はこの時期のもの。電信柱の影が細かく描かれた坂の地面にのびている。電信柱は他の風景画にも登場するが、そこにあるから描いた、というようなものではなさそうだ。当時は新鮮な印象の珍しいものだったのかもしれない、と思った。静物画も描かれ、バーナード・リーチが作ったという壺やリンゴがモチーフになっている。
鵠沼に転居してからも静物画と取り組み、よく描き込まれて、何度見ても見応えがある。麗子像も描き始められる。その顔部は時に横に拡がって描かれ、奇妙な印象を生じている。
1921年作の「自画像」には、古典的な透層(グラッシ)の技法が本格的に導入・確立されているように見える。1923年の「竹籠含春」は、明らかにそのピークを形成している。この作品は素晴らしい。葉の色、竹籠の漆塗りの部分、編み込みの表情など、惚れ惚れとする。一体どうやって、このような本格的な古典技法を身につけたものだろうか? 不勉強にして、知らない。
やがて、関東大震災で京都に移住してからか、和紙に墨や顔料で南画風に描いた作品群へと変化するが、時間もないしくたびれてきたのでろくに見ずに素通りしてしまった。ケースに収められたたくさんの写真資料もちゃんと見ていない。
特筆すべきは、亡くなった1929年の油絵である。私は初めて見たのではないだろうか。「春園金鶏之図」や「路傍秋晴」は素晴らしい。色彩が一気に解放されて、明らかに新たな展開が訪れている。ここで亡くなったのはいかにも残念。この先こそが見たかった。
それにしても、改めて岸田劉生という人のすごさを認識して、コウベを垂れて帰宅したのであった。私、サボりすぎました。頑張ってますけど。女装のシンデレラどころではなくなっていたのである。
“再開”したという「あいちトリエンナーレ」には行けるかどうか。無理かも。遅いよ。
(2019年10月8日、東京にて)
没後90年記念 岸田劉生展
●会期:2019年8月31日(土)-10月20日(日)
●休館日:月曜日[9月16日、9月23日、10月14日は開館]、9月17日(火)、9月24日(火)
●開館時間:10:00 - 18:00
※金曜日は20:00まで開館
※入館は閉館の30分前まで
●会場:東京ステーションギャラリー
公式HP:http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201908_kishida.html
「インターメディアテーク」
東京都千代田区丸の内2-7-2 KITTE 2・3階
●開館時間:11:00-18:00(金・土は20時まで開館)
*上記時間は変更する場合があります。
●休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日休館)、年末年始、その他館が定める日
●入館料:無料
公式HP:http://www.intermediatheque.jp/
立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
藤村克裕 プロフィール
1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
内外の賞を数々受賞。
元京都芸術大学教授。
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