藤村克裕雑記帳

藤村コラム228 2022-10-17

小杉武久の2022

 深谷駅ホームに降り立ち、階段を登り、駅トイレに立ち寄って“用”を足し、一つだけの改札口に向かうと、外には列ができていた。ああ、あれが「小杉武久の2022」のための列だな、と見当をつけて最後尾に並んだ。
 “点呼”のあと指定されたバスは満員、乗り損ねた私(たち)は、おそらくは、こんなこともあろうかと主催者によって周到に用意されていた二台の乗用車に分乗して会場に向かったのだった。
 小杉武久という人は知れば知るほど興味深い。というか、どうしてこんなに素晴らしい人のことを知ろうとしてこなかったのだろう、と考えると自分のダメさ加減がよくわかる。
 私の仕事机の近くには、この小杉さんが亡くなる前の2017年に芦屋市立美術館で開催されていた『小杉武久 音楽のピクニック』展の図録が置かれている。それは、藤原和通という人に由来するのだが、その藤原和通という人については今回は述べない。いずれ、いつか。
 で先に進む。
 あ、その前に一つだけ。2018年秋、まだまだ元気だった藤原さんに、新聞で見たけど、と小杉さんが亡くなったことを伝えた時の藤原さんの驚きと落胆の様子を今でもありありと思い出す。言葉をかけるのをためらうほどだった。

 会場に到着し、受付を済ませ、待機して、会場に入った。
 箱で座席がしつらえてあり、正面に大きな窓、スタインウェイのグランドピアノ、テーブル上に電子機器、マイクなどが配されている。気がつけば頭上に何やら小さな装置がたくさんぶら下がっていて、ごくごく小さな音を断続的に発している。
 最初のプログラムが始まる。手に小さな装置のようなもの(タイマーだろう)を持った背の高い痩せた女性が現れ、歩く、止まる、座る。と、あの高橋悠治氏がやはり手に小さな同じ装置のようなものを持って現れ、ヨロヨロと壁に身を預け、女性の方を見て体勢を整え、移動して、ピアノの椅子を蹴る、手で押す、引くなどする。女性は会場のあちこちに移動して静止し、高橋悠治氏はそれを見てピアノを弾いたり、椅子を引きずったりする。女性はなんと、正面の窓を開けて、外の音を取り込もうとするのか、と思えば、外に出て窓を閉め、外で佇んだり歩いたりして、やがて枠の外へと消え去ってしまう。高橋氏は時折そのような女性のふるまいを見て、ピアノを弾いたり、椅子を引きずったりしている。首のマフラーでピアノを拭き始めたのには大笑いしそうになったが、マスクの下で声を出すのを懸命にこらえた。やがて、二人は退場していった。最初の演奏が終わった(らしい)。女性が”譜面”の役割を果たしていたのだろうか。
 次に登場したのは藤本由紀夫氏。手提げのジュラルミン・ケースを携えて、最前列中央右の観客近くまできて、しゃがんでケースを開け、「アイパッド」のようなものを取り出し(これもタイマーらしい)床にセットするところは見えたが、私より前の人々の頭で他の仕草は確認できない。やがて、いくつかの箱(のようなもの)を手にして立ち上がり、移動してそれを一つずつあちこちに置き、そのうちの一つの蓋を開く。中には高音の電子音を出し続けている(らしい)小さな装置が入っている。装置を手にしてボリウムを調整し再び箱の中におさめて、蓋を開け閉めして音量を変化させ、あるところでそのままにする。そうしたふるまいを“ステージ”のあちこちで行なっていると、先ほどと同じ女性、そして遅れてメガネの男性が箱などを持って現れ、同じように蓋を開け閉めする。それらの“行い”のたびに空間の拡がりがあらわになり、電子音で空間が満たされていく。やがて、彼らは、それら箱などの蓋を閉じていって、藤本氏はそれらをジュラルミン・ケースに納めて退場していく。二つ目の演奏が終わった(らしい)。
 次にはハットをかぶった男と先ほどの女性が現れ、それぞれがマイクの前に座る。男性はふいごや空気入れでマイクに“風”を吹きかけて音を生じさせ、女性は紙風船に息を吹き込んで膨らませた後に両手の指で少しずつたたんだり潰したりして紙風船が発する音をマイクに届けていく。そういう合奏であった。ふいごでいかにも優しくマイクに“風”を送り理始めた時、またも大笑いしそうになってこらえた。
 

マイクや椅子が片付けられると、男が二人、一人は先ほどのハットの男性、もう一人は痩せて背の高いキャップの男性が登場した。ハットが右に、キャップは左に、それぞれ左右のテーブルにあらかじめセットされた電子機器の前に座り、それぞれの前の電子機器を操りながらマイクに向かって声を発し、電子機器の効果だろうか、声がさまざまに変容して重なり合っていく。
 やがて藤本由紀夫氏が現れて、奥のプロジェクターの前で何か仕草を続けるが、ハットの男性の耳元で何事か囁いて退場していく。
 と、今度は電子機器の横にあらかじめ置かれていたビー玉、木製のこま、卵型の“マラカス”、貝、などをコースターのようなものに落としたり、押し付けたり、引きずったりして生じる振動をコンタクトマイクのようなもので拾い、電子機器でさまざまに変容させながら“合奏”していく。
 それが終わると、藤本氏とハット氏、キャップ氏とがピアノの位置と向きを変えていく。そこに高橋悠治氏が手に釣り竿のような、指し棒のようなものを持って現れて、その指し棒でピアノのあちこちを擦ったり、弦にビー玉やボールを投げ込んだりしながらさまざまに演奏を行う。途中、何もない隙間に指し棒のようなものを突き刺そうとしたり、藤本氏の頭の上に指し棒のようなものの先端をかざして、まるでお祓いをするように水平に円を二重三重に描くようにした時には、大笑いしそうになった(藤本氏も笑みを浮かべていた)が、同時に高橋氏の柔軟さに感動させられた。
 とこういう催し=コンサートであった。
 最初のプログラムだけが高橋悠治氏のオリジナル《Question》(試演 2022)、あとは小杉武久氏が残したインストラクションやダイヤグラムやドローイングに基づく演奏だった(ようである)。いずれも単独でではなく、二人、あるいは三人の奏者による演奏だったことが大きな意味を持っていたように感じた。企画者の藤本由紀夫氏がプログラムに「音楽は演奏という行為によって、絶えず新しい発見が行われる。/小杉武久の音楽であったものが、これからは我々のものとなって、/新しい小杉を発見する時代になった。」と書いていた。
 高橋氏、藤本氏以外の出演者は、威力氏、入江拓也(SETENV)氏、和泉希洋志氏、GC氏。
 「小杉武久の2019」に続く「小杉武久の2020」のはずが、コロナで今回の開催になった、とのことだった。深谷、あなどれない。小杉氏のご命日は10月12日。
(2022年10月16日、東京にて)

※ライブは終了しました。
公式HP
http://hall-eggfarm.com/concert.html#246

【共催】
「小杉武久 音の世界 新しい夏 1996」展
会期::10月14日(金)-11月5日(土)12-18時 *木、金、土の営業
会場::360°「JINGUMAE」
〒150-0001渋谷区神宮前3-1-24ソフトタウン青山1F
TEL:03-5410-2350

藤村克裕

立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。

藤村克裕 プロフィール

1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。

1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。

内外の賞を数々受賞。

元京都芸術大学教授。

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