画材のトリビア
小杉弘明

小杉弘明氏による画材のトリビアコラムを連載します。

小杉弘明 プロフィール

1954年 大阪出身。

1977年 大阪府立大学 工学部応用化学科卒。

元ホルベイン工業株式会社 技術部長。

現カルチャーセンター講師。

「不思議な卵の話」
2023-10-03
今回の話題は物価の優等生と言われたのに、鳥インフルエンザや飼料高騰のあおりで、驚くほど高くなってしまった「卵」についてである。「卵」と聞いて、勘の良い人は「ははーん!エッグテンペラの話だな。」と気付かれたに違いない。その通り、今回はテンペラ絵具のゼミに関わるトリビアである。

 人類が自分の手でアクリル樹脂のような合成樹脂を作れるようになる以前、ほとんどの接着剤は食べ物に関わっている。膠は動物や魚を煮たときに得られる煮こごりだし、牛乳から得られるカゼイン糊も、植物から得られるデンプン糊も人類の食習慣と切り離せない。絵具はつまるところ「色のついた接着剤」なので、絵具の歴史そのものが食と深く関わっているわけだ。ホモサピエンスが土器を使って煮炊きをするようになり、容易に膠を得ることができたであろうと考えると、土器の底についた煤と混ぜてものを描く道具にしたことも想像の範囲内にある。おそらく人類が最初に手にした絵具の接着剤は膠だったのだろう。もちろん、漆喰そのものが接着剤の働きをしたフレスコは別である。では、その次に絵具に使われた接着剤は何であっただろう。私は卵だったのではないかと考えている。