画材のトリビア

画材のトリビア10 2024-12-11

チューブの話(続編)

 以前にチューブがもたらした絵画への影響について書いた。その時には現在のチューブ事情について書く余裕がなかったので、いくつか書き漏らした事がある。今回はチューブに関する話題のうち、多少とも読んでくださる人に役立つ情報を書きたいと思っている。絵を描く多くの人が経験するチューブの問題と言えば、①チューブが開かない、②絵具が固まって出てこない、の2点に集約されるのではないだろうか。まずはこれらの解決法について話をしよう。

①キャップが開かないという問題
 これまでも何度か絵具とは「顔料と糊」でできていると書いてきた。つまるところ絵具とは「色のついた接着剤」なのである。もしも、絵具をパレットに出した後、図のようにチューブの口のねじ切り部分に絵具がついたままキャップを閉めてしまったらどうなるだろう。チューブのねじ切り部分に接着剤をしっかり塗って、キャップをくっつけました・・・と言う事にならないだろうか。

 そう、みなさんは絵具が接着剤である事を忘れているのである。「あのー、しょっちゅう絵具のキャップが開かなくなるんですけど、なぜですか。」という質問を受けるたび、内心では「そりゃあんたが接着剤を塗ってるからやんか。」と言いたいのをぐっとこらえて説明している。私は永年、絵具を準備して実技講習を行ってきたが、そもそも、講習が終わってから私が真っ先にすることはチューブの口部のクリーニングである。講座にくる人達は絵を描く事には熱心だが、チューブの汚れや開閉には無頓着である。しかも描き終わってしまうとチューブには見向きもしない傾向がある。まずはチューブの口部についた絵具をティッシュなどで拭き取る。水性絵具の場合はウェットティッシュなどを使う。ねじ部分で固まっている絵具は爪楊枝などで取り除く。キャップも汚れていれば、ティッシュを突っ込んできれいにする。こうしてチューブの先端から絵具がはみ出していないかを確認してキャップを閉めれば、くっつくことはない。ところで、これら以前の問題として、なぜキャップや口部が汚れるのだろう。そもそも絵具の出し方に問題があるのだと私は思う。図で見てもらったようにチューブ先端についた絵具を綺麗にパレットに出し切ってしまうならば、口部に絵具が残らずキャップもねじ切りも汚れることはない。チューブをしぼるときは極力折り部に近いところに力を加えると良い。どうか絵具を大事に思うなら、この事を守っていただきたい。

 さて、それでもキャップが開かなくなったらどうすれば良いだろう。これはチューブの構造との関連が強いが、詳しい内容はいずれ詳述することとして、図のようにチューブの肩の部分をプライヤーで掴み、キャップをもう一本のプライヤーで掴んで回すとほとんどのものは簡単に開けることができる。チューブで硬い部分は肩口だけであり、それ以外の部分を掴むとチューブは捻れるだけでキャップは開かない。ペンチでも良い気がするが、ペンチはキャップのようにテーパーのついているものは掴みにくい。それよりは大きく拡げることができるプライヤーの方が適している。水彩絵具の小さいチューブならば、図で示したようなもっと小さな道具の方が持ち運びにも便利だ。最近では、こうした道具が百均でも手に入る。キャップが開かなくなったら、ぜひぜひ試してみられたい。昔は開かなくなったキャップをライターで炙った事のある人も多いだろう。現在のキャップはだいたい熱可塑性、つまり熱を加えると柔らかくなる性質をもっているので、確かに開けやすくはなる。もっと以前はユリア樹脂など熱硬化型のキャップが使われていた時代もあり、その時にはきっとより開けにくくなったはずだ。いずれにしてもキャップに直接熱を加えるとキャップそのものが痛むので、やめた方が無難だ。また、メーカーではキャップ部分を湯につけておいて膨張させて開ける方法を推奨していることもあるが、それより何より、今回、紹介した方法の方がずっと簡便で確実だ。なお最近はアクリルなどラミネートチューブに入れられているものも多いが、やり方は同様である。

②絵具が固まって出てこないという問題
 この問題の大半の要因はキャップ締めの不完全である。水系絵具のキャップはだいたいにおいて、ポリプロピレンやポリエチレンなど合成樹脂製で、断面は図のようになっている。パッキン機能により「でべそ型」や「リング型」などがあるが、いずれもチューブの先端がこのパッキン部分に食い込むことによって密閉性が保たれるようになっている。油絵具などではこうした樹脂製キャップの内側にアルミ箔を貼ったパッキン材が埋め込まれていて、これがチューブ先端に食い込む構造となっている。いずれにしてもチューブの先端がパッキン部分に届いていなければ、隙間から水分が蒸発したり、酸素が流入したりして絵具先端部分の固化につながっていく。うっかりでキャップがきちんと閉まっていないこともあるだろうけれど、実は①で述べた絵具口部の汚れのためにチューブ先端がパッキン部まで届いていないことが大半である。だから、①で述べた方法を守ると絵具が固まる事故も大半は防げるだろう。さて、では絵具が固まってしまった時にどうすれば良いだろう。絵具それぞれで対処法は異なっている。

 水彩絵具の場合、先端だけが固まっているなら、爪楊枝などで口部をほじくってやり、水を少し足してキャップをしてからしばらくし放置すると使えるようになる事もある。もっと深い所まで固まっていたら、チューブそのものをカッターナイフなどで切り裂き、取り出した絵具に水を加えてしばらくおき、ペンチングナイフなどで混ぜてパレットの絵具溜めに入れておけば普通に使えるだろう。アクリル絵具の場合、固まった部分は二度と使えないので、口から出なくなったらチューブは切り裂くしかない。もし、チューブを開いて、柔らかい部分が残っていれば、アルミ箔に完全に包めばしばらくは使えるだろう。そもそも全体的に固まっていたら、残念だが再生の方法は無い。続いて油絵具の場合である。油絵具の場合、固まるのは酸素による酸化重合なので、溜まっているのは口部に近い部分だけの事が多い。その場合、アクリル同様チューブを切り裂き、柔らかい部分のみを取り出してアルミ箔に包み、冷蔵庫に保存する。アクリルでも油絵具でも保存するときにラップフィルムではなくアルミ箔にして欲しい。たいていの人は食品用ラップなどプラスチック製品が酸素などの気体を透過しないと思っておられるようだが、実は金属に比べれば圧倒的に透過させてしまうのである。ウェブサイトなどで「ポリマーのガス透過率」を調べて貰うとわかる通りである。水は分子量が大きいので、蒸気になってもそれほど簡単に透過する訳ではないが、酸素ならば簡単に透過してしまうので、特に油絵具の場合はアルミ箔のような金属で包んでしまうのが良い。

 ここまで、チューブから絵具が出なくなったときの対処法を書いてきたが、絵具屋にとってはなんだか空しい話である。絵具を作る人間達の思いに反して、ちょっとした不注意で無駄なく最後まで使えるはずの絵具がゴミになるのだから。SDGsの観点からも、絵具はすべてカンバスや紙に塗って欲しい。・・なんちゃって、自分も絵を描くときに夢中になってしばしばチューブが汚れているのも事実。今回は自省を込めた話である。




写真1:やってはいけないチューブ
写真2:絵具の絞り方
写真3:(左)チューブの開け方、(右)チューブを開ける道具
写真4:(左)でべそ型、(右)リング型

小杉弘明

小杉弘明氏による画材のトリビアコラムを連載します。

小杉弘明 プロフィール

1954年 大阪出身。

1977年 大阪府立大学 工学部応用化学科卒。

元ホルベイン工業株式会社 技術部長。

現カルチャーセンター講師。

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