画材のトリビア

画材のトリビア12 2025-03-24

混色という魔界 Ⅱ

 混色について本格的な話を始める前に、どうしても書いておきたいことがある。油絵を描く人は描き終わると筆をブラシクリーナーで洗った後、石鹸を使って水洗いするのが常だと思う。中にはブラシクリーナーで洗うだけなんて人もいるが、筆洗器の中で洗うというのは洗濯物をずっと同じバケツの中で洗い続けるのと同じだ。顔料は沈降するものの、ブラシクリーナーに溶けた乾性油濃度はどんどん上がっていくので、筆には乾性油がたくさん残り、後日固まって筆は使い物にならなくなる。たいていの人はこれを知っているだろう。ところが、水彩画を描く人の場合、使い終わった筆を石鹸洗いする人は一割に満たない。水洗いするだけで充分と思っているようだ。ところが、実際には有機顔料を使った絵具が多くなったこともあって、水洗いだけでは色が残ってしまう。画像の通り、水洗いした後でも石鹸洗いすると、汚れがたくさん残っている事が多い。筆が汚れているのに「混色で綺麗な色が出ない」などというのはそもそもナンセンスではないだろうか。水彩筆であっても石鹸洗いして乾かして欲しい。

 さて、混色と一口に言っても、油絵具、アクリル絵具、水彩絵具などで、それぞれ事情が異なる事はおわかりだろう。そもそも油画の場合、作品を安定保存する上で、基本とされる塗り方があり「ファットオーバーリーン」と言われる。図のように下層は油分が少なく、上層にいくにつれて油分を多くしていくというやり方で、これが理に適っている。詳しいことは後日書くとして、下層には粒子が大きくて油分の少ない無機系の絵具が不可欠で、上層には油分が多くて透明性の高い絵具を使う事が理想だ。従って、油画を描く場合には色数が必ず多くならざるを得ない。アクリル絵具の場合、油絵具ほどの制限はないが、ある程度同様の事が言える。ところが透明水彩においては基本、保存の問題は保管の問題であって、塗り方自体に制約がない。そのため透明水彩では極限まで色数を減らすことが可能である。

 私自身は普段、水彩を描く場合は六原色で描いていて、講座などでもその色数でやっている。さすがに三原色ではちょっとしんどいと感じるからである。ところがプロの水彩作家さんの中には三原色だけで描いておられる人もままおられる。私の旧知の作家、青江健二さんもそのお一人で、素晴らしい絵を描かれる。画像は氏の著書「三原色を極める 大人の水彩画塾」に掲載されている「Cafe」という作品である。三色で描かれたとは信じがたいほど色彩豊かで美しい。これを油画やアクリル画で描けと言われた場合、三色で描くことは不可能である。そういった意味でも混色の議論をする上で、どういう絵具の話であるかがベースになくてはならない。

 なお、透明水彩を使った透明技法においては基本的に白を使わずに紙の白さを使うという点においても、他の二者とは大きな違いがある。油絵具やアクリル絵具の場合には混色によって描く事も、重色によって描く事もできるが、重色表現の場合を除けば、下地の白さを使うなんて事はあまりやられない。もし、油絵具やアクリル絵具で混色技法で描くとするならば、一つの色の明度バランスをとるためにはホワイトを使用せざるを得ない。逆に透明水彩の場合は塗り方の濃淡によってバランスをとる。色立体を思い浮かべて頂くと分かるが、赤や青などのように明度の低いところで彩度の高い色はホワイトを加えると立体の内側を通る事になって、明度が上がると共に色は濁っていく。図の様にアクリル絵具のフタロシアニンブルー(レッドシェード)とホワイトによって明度スケールを作ったものと水彩の同じ色を塗布濃度を変えて作ったスケールを比べてみると違いは明らかだ。前者は明るくなるにつれて不透明性が増し、彩度が下がっていく。油絵具やアクリル絵具を使って混色技法で描く場合は、そもそも明度の高くて彩度の高い色が作りにくいので、そういう色が必要になった時は、別途、彩度や明度の高い色を使わざるをえない。逆に透明水彩では色の濃淡で明度表現ができるので、実際にはそこまで多くの色を必要としない。しかも彩度が大きく下がらずに明るい表現ができるのは水彩絵具の特質だろう。その分だけ色濃度の調整が微妙で難しい絵具とも言えるだろう。

 どういう絵具を使うにしても、色の数は減らせば減らすほど色が美しくなるのだが、そうした議論については、次回に述べることにしたい。


写真1:水彩筆の石鹸洗い
写真2:ファットオーバーリーン
写真3:青江さんのCafe
写真4:色濃度の見え方の違い

小杉弘明

小杉弘明氏による画材のトリビアコラムを連載します。

小杉弘明 プロフィール

1954年 大阪出身。

1977年 大阪府立大学 工学部応用化学科卒。

元ホルベイン工業株式会社 技術部長。

現カルチャーセンター講師。

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