
画材のトリビア17 2026-02-19
<油売ってました Ⅰ>
「油を売る」という慣用句はご存知の通り、あまり良い意味では使われない。例えば関西弁なら、「あいつ、なかなか帰ってけえへんけど、またどっかで油でも売ってるんと違うか。」のように使う。仕事や用事の最中に、無駄話をして時間を浪費する事を指すわけだが、もともとは江戸時代に油売りが客の容器に柄杓で油を移すのに時間がかかり、その間に客といろいろな話をしたことが元になったそうだ。私は今更ながらだが、在職中、絵具屋の技術員として働き、主に油絵具や画用液に携わってきたので、正に油を売ってきた人間である。その昔、画家が絵具を作っていた時代は別として、絵具屋が絵具を作って画家に提供する時代になると、そもそも油絵具にはどんな油が使えるのか画家自身がわからなくなってしまった。もちろん、アマニ油(リンシードオイル)やケシ油(ポピーオイル)なんて油が使えることはご存知かもしれないが、油の種類は山ほどあって、どれが使えてどれが使えないのかがわからないというのが実情だろう。今回は油絵具の油について、正しく「油を売る」つもりである。

長らく美大生や画を描く人々相手に油絵具基礎講座として講話を行ってきたが、講座の最初に、「あなたの知っているあぶらの名前を挙げてください。」と最初に尋ねるようにしていた。返ってくる答えは千差万別、ユーモラスなものでは、「ラード」、「豚の背脂」なんてのもあった。ご存知かと思うが、「あぷら」に使われる漢字には「油」と「脂」があって、それぞれの造りからわかる通り、前者は液体、後者は固体を指している。ラードも豚の背脂も共に常温では固形であるため、「脂」の漢字があてられる。私の方は油絵具の話だから、当然「油」の種類が返ってくると思っていたのだが、そもそも話し言葉で「あぷら」と言ったのだから、さもありなんという気もする。前置きが長くなったが、油絵具に使われる油というのは当然のことながら常温で液体のものである。さて、油を大別すると、植物油、動物油(魚油を含む)、鉱物油の3つに分けられる。植物油は植物から採れる油、動物油はその名の通り動物や魚から採れる油である。後ほど詳しく述べるが、この二種の主成分は基本的に脂肪酸である。これに対して鉱物油というのはいわゆる石油類のことでほぼ単純な炭化水素である。魚油の中には希に使えるものもあるかと思うが、基本的に油絵具に使えるのはほぼ植物油に限られると考えられたい。

では、植物油と限定した上で、生徒さんから最も多く返ってる名前は何か。それが「サラダ油」なのである。このコラムを読んでおられる皆さんにもお聞きしたいが、果たして「サラダ油」は油の名前であるとお思いだろうか。画家が絵具の中身が分からなくなったと同じに、ものを作らなくなった消費者は植物油の中身もわからなくなってしまったのではないだろうか。例えば大豆油であれば、大豆を絞って採れる油だなとわかるが、サラダなんて植物があるはずがない。実は植物の種などを絞って採れる油はそのままでは食べる事ができない。製油会社が何工程もの精製を繰り返して、ようやく我々が口にできる油になるわけだ。絞ったばかりの油を粗油、これを濾過して不純物を取り除いた物を半精製油、さらに脱酸、脱臭、脱色したものを精製油という。天ぷら油として売られているのは主に精製油である。ただ精製油にはワックス分が含まれていて、冷却すると白濁する。このワックス分を取り除き、そのまま食べる事ができる油こそがサラダ油なのである。つまり「サラダ油」は植物の名前を示したものではなく、精製過程での最上級のグレードを表す言葉なのだ。
現在、我々が入手できる油にはどんなものがあるだろうか。是非とも皆さんも「サラダ油」の容器のラベルに書かれている原料に注目して頂きたい。大豆油、オリーブ油、コーン油、菜種油(キャノーラ)、綿実油、ひまわり油(サンフラワー)、紅花油(サフラワー)、ごま油、米油、椿油、などたくさんの種類がある。言われてみると「本当だ。そんな油があったな。」と思われることだろう。それ以外にも最近では健康食品としてω-3タイプの油として、アマニ油やエゴマ油なんてのが売られていたり、宣伝されていたりするのを耳にされる事だろう。ではすべての植物油が油絵具に使えるのかと言えば、そんなはずはなく、特定の性質をもった油だけが使えるのだ。それは何かと言えば、空気に触れると勝手に乾くという性質であり、こういう性質をもった油の事を乾性油と称している。乾性油は基本的に常温で数日、空気にさらすと固まってしまう。これに対して、ゆっくりゆっくり長時間をかけて固まっていく油を半乾性油といい、いくら待っても乾かない油を不乾性油という。冒頭で示したアマニ油やケシ油は典型的な乾性油である。実は他にも乾性油はあって、もちろん油絵具に使用可能だが、なぜ特定の油が主に使われるようになったかと言えば、それは経済原則に基づき、手に入りやすく安価であったからというのが実情だろう。

今回の饒舌なお話はこの辺りに留めたい。油には健康に直結する話や歴史的な話など、おもしろい話がたくさんあるので、おいおい話をしていきたいと思っている。次回は同じような構造であるにもかかわらず、なぜ乾く油と乾かない油があるのか、そもそも乾くというのはどういうことなのかについて、油を売りたいと思う。
完
写真1:右 アマニ油(リンシードオイル) 左 ケシ油(ポピーオイル)
写真2:植物油
写真3:ω-3タイプのアマニ油
≪本文画材紹介≫
・リンシードオイル ポピーオイル
https://gazaizukan.jp/gaz_serieslist?acc=srch&srid=203101

小杉弘明氏による画材のトリビアコラムを連載します。
小杉弘明 プロフィール
1954年 大阪出身。
1977年 大阪府立大学 工学部応用化学科卒。
元ホルベイン工業株式会社 技術部長。
現カルチャーセンター講師。
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