
画材のトリビア14 2025-06-26
混色という魔界 Ⅳ
絵を描く人で数学の得意な人があまりいないというのは私の偏見であるかもしれない。苦手と言うより、「順列・組み合わせ」とか「微分・積分」とかいう数学の教科は文系に進んだ人達が学ばないので、分からなくてもしかたないのだと思う。これが混色とどう関係しているのかといえば、絵具の数と混色しうる組み合わせの数を計算するには「順列・組み合わせ」の考え方が不可欠だからだ。自分の所持している色でどういう組み合わせの数があって、どういう色ができるかという概念について、だれもあまり深く考えてはいないように思える。混色をするにあたって、例えばパレットに三原色しか入っていなかったとしたら、どれだけの組み合わせがあるだろう。これは言うまでもなく、赤と黄、黄と青、赤と青の3通りと、3色全部を混ぜ合わせる場合を含めて4通りしかない。これが六原色になるとどうなるだろう。とりあえず2色混合の場合を考えてみよう。

図を参考にして演繹すると、Cは3通り、Dは2通り、Eは1通りとなるので、全てを足すと、5+4+3+2+1となって組み合わせの数は15通りである。元の数が多くなるとこの計算が面倒だが、この様に順番に並んでいる自然数を合計するうまい方法がある。

これを代数の問題として考えるよりは幾何学の問題と捉える方が分かりやすい。図のように5個、4個・・と順番に並べ、同じものをひっくり返してならべてやるのだ。そうすると求めるのは、この長方形の半分なので、6×5÷2で簡単に15が求められる。この方法で12色あった場合にどうなるかを計算すると、11~1までの合計になるから、12×11÷2となって66通りあることがわかる。これを公式化してみると、n個のものから2個を取り出す組み合わせの数は、n×(n-1)÷2であることが分かるだろう。今、2個でできる組み合わせの数について計算してみたが、では3個とか4個とかの場合どうなるかというと、計算が少し複雑になる。そこで、理論的なことはさておき、数学で学ぶ組み合わせの数の公式を使って計算してみたい。nヶのものからrヶのものを取り出す組み合わせの数は次式で表される。

ここでn!というのはnの階乗と読み、自然数を1から順番にnまで掛け算することを意味している。例えば、6!=1×2×3×4×5×6となる。実際に6色の中から3色だけ取りだして混色する場合の組み合わせがどれだけあるかを計算してみると20通りあることがわかる。絵具を4色混ぜることもあるだろうけれど、とりあえず、2色または3色混ぜる組み合わせだけを考えてみても、15通り+20通りで35通りになることがわかる。もしこれが12色セットを使うとなれば、2色混合で66通り、3色混合で220通りとなり、合計286通りの膨大な組み合わせがあることになる。これらを画家が記憶して使う事ができるかといえば、それはNOと言うほか無い。
結局、絵を描くときは様々な組み合わせから取捨選択して、想像しにくい組み合わせを無意識に放棄しているのだと思われる。だいたい人間は色相環で赤黄青(120°)の3原色の混色については想像できても、オレンジ緑紫(120°)の3色の混色については想像できない。また120°以上に離れた色同士の混色についても想像しにくい。そうした分かりにくい混色を省くことで、煩雑さから抜け出しているのだ。次回はその辺りの話を中心に説明したいと思っている。

ところで、今回このような色数の話を始めたのはなぜか。プロ作家ほど使っている色数が少なく、アマチュアほど色数が多いという事実が何を物語っているのだろうと思ったからである。長い画家達とのお付き合いの中でアトリエを訪問して拝見する絵具箱には色数は少ないが大きなチューブが入っている印象が強い。プロ作家ほど自分の使う色でどの様な色を作ることができるか熟知しており、少ない色でも不自由が無い。おそらく長らく描いているうちに色も淘汰されるのだと思われる。対して、アマチュアで特に経験の浅い人ほど、自分の作りたい色の作り方が分からないので、より多くの純色を持ちたいと思うのは分からないではない。色作りを考えたときに、本当は色数を減らすことの方が、すばやく自分の色を持ちうるのではないかと考える。貧者の方が心豊かであるのは、人の世も絵の世界も同じと思うのは私の偏見だろうか。
写真1:6色から2色を選ぶときの組み合わせの数
写真2:順番にならんだ自然数を簡単に足し算する方法
写真3:組み合わせの数の公式
写真4:想像しにくい混色

小杉弘明氏による画材のトリビアコラムを連載します。
小杉弘明 プロフィール
1954年 大阪出身。
1977年 大阪府立大学 工学部応用化学科卒。
元ホルベイン工業株式会社 技術部長。
現カルチャーセンター講師。
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