画材のトリビア
小杉弘明

小杉弘明氏による画材のトリビアコラムを連載します。

小杉弘明 プロフィール

1954年 大阪出身。

1977年 大阪府立大学 工学部応用化学科卒。

元ホルベイン工業株式会社 技術部長。

現カルチャーセンター講師。

ミクストメディアという「魔界」
2024-05-29
 私は化学畑の人間であり、元より基礎的な美術教育を受けたことはない。美術史についての知識もほとんどなく、バロックだ、ロココだ、新古典派だとか言われても、ああそうですか程度のものだ。むしろ興味の的は、いつ頃、どんな材料を使って、誰がどんな絵を描いたかという方にある。従って、「ミクストメディア(mixed media)」という言葉が使われ始めた経緯について、どこかで学んだ事も、勉強した覚えもない。それでも「ありゃ!」と思う事が多くあったので、今回は「ミクストメディア」について話をしたい。

 ある現代作家を集めたアートフェスでの話である。若手の作家さんの作品を見ていて、それが水彩絵具で描かれたものと思っていたのだが、使用材料の表記は「ミクストメディア」となっていた。恐る恐る、「ミクストメディアと書かれていますが、差し支えがなかったら、どんな材料をお使いになっているか教えてください。」と聞いてみた。作家さんは当方が絵具屋であるなど知る由もないので、「アラビアゴムという樹脂があるんですが、それを水に溶かして、それに色の粉を混ぜた絵具を作って描いています。」と教えてくれた。ほほーっと思ったので、「それなら水彩絵具ですね。普通の水彩絵具もアラビアゴムの糊と顔料を混ぜたものですから。」と言うと、相手はこちらよりもっときょとんとして、「自分で糊を作り、顔料と混ぜて作ったもので描いたので、ミクストメディアだと思ってました。」と言われた。「もし、ご自分で作られた絵具で描かれたと言うことを強調されたいのなら、ミクストメディアとは書かずに、アラビアゴム+顔料もしくは自作水彩絵具という具合に書かれたらどうでしょう。」と言うと、なんとなく納得された様子だったが、その後どうされたかわからない。これが「ミクストメディア」という表記を疑うようになった契機である。