
画材のトリビア15 2025-10-03
混色という魔界 V
これまで4回にわたって混色の話をしてきたが、今回はその本丸の話である。第二話で書いた通り、油画やアクリル画と透明水彩では基本的な画面の作り方が異なるので、基本的に必要となる絵具数も異なっている。しかし、色と色を混ぜてどういう色ができるかという根本的な話は同じなので、ぜひ耳を傾けてもらいたい。皆さんが例えば12色セットの絵具を買ったとしよう。何度か絵を描いて、絵具箱にどんな色が残っているだろうか。おそらく最後まで残るのがオレンジと紫だろうと思う。皆さんも心当たりがあるはずだ。なぜそんなことになるのだろうか。

そもそも人間の色覚細胞はRGB(赤と緑と青)に反応するようにできている。つまり人は赤と緑と青の3つ光に対するセンサーをもっているわけで、目に入ってきた光をこの3つの成分に分解して大脳に送り、大脳がそれを色として集約しているわけだ。従って、この光の三原色を組み合わせれば、我々の認識できる全ての色を表現できることになる。今、光の三原色RGBを重ね合わせるて投影するとスクリーンには白が映し出される。それぞれのエネルギーが足されるためで、これを加法混色という。これに対して顔料(絵具)の三原色、シアン、マゼンタ、イエローを混ぜ合わせると黒くなってしまう。それぞれの色に光が当たった時の反射光は必ずエネルギーが吸収されて減るためである。このため、顔料(絵具)による混色は減法混色といわれる。
我々が若い頃には絵具の三原色は赤、黄色、青と教わったが、技術の進歩に伴い、それぞれ混ぜ合わせたときに都合の良い位置の顔料が開発され、現在では少しだけ位置のずれたシアン、マゼンタ、イエローが三原色として提唱されるようになった。以下の議論では話を単純化するため、三原色を昔ながらの赤、黄色、青として進めたい。なぜ黄色だけ「色」がつくのかという人もいるだろうが、今回のコラムの本旨ではないので説明を省く。さて、絵具の三原色の一つが緑ではなく黄色なのはなぜか。実は図で見るとおり、黄色という色は赤の波長の光と緑の波長の光を足したものであるため、広い波長領域をもち、そのため明度が高い。光を足すときには加法混色なので、緑と赤を足すことで黄色になるが、顔料で表現するときは減法混色なので、お互いの引き算となって、黄色を表現することができないのだ。絵具で緑と赤を混ぜると暗いグレーができてしまうことになる。従って、絵具の三原色には黄色が欠かせない。後で述べるが、この黄色のもつ反射率が実は多くの人の混色の勘違いに関係している。

昔ながらの人間の色を認識するメカニズムのせいなのか、それとも教育のせいなのか、「赤と黄色、黄色と青、青と赤でできる色は何か」と問われれば、人は「オレンジ、緑、紫」であるとすぐに答えられる。ところが、永年の絵具概論講義で「緑と紫、紫とオレンジ、オレンジと緑をそれぞれ混色すると何色ができますか。」と問うと、正答率は1パーセントに満たない。これは前報にも書いたとおりであるが、分からないのが普通だろう。私は便宜上これら3色の混色を逆三角形の混色と呼んでいる。
自分自身が若い頃に習った三原色理論では、次のように教わった。オレンジは赤と黄色の混ざったものであり、紫は青と赤の混ざったものである。従って、この2色を混ぜた場合、赤と青と黄色の三原色混色となり、グレーになる。こう信じている人も多いだろう。ところが実際にはそうならない。

実際にオレンジと紫を混ぜると図の第1列のように並び、真ん中に彩度の低い赤ができるし、紫と緑を混ぜると第2列の通り、真ん中に彩度の低い青ができる。それぞれどういう位置にある顔料を選ぶかによって、結論は異なるが、よほど非現実的な位置関係にある色を選ばない限り、上記は正しい。これをどのように感じられるだろうか。この混色表を見るとなんとなく「緑と紫」、「紫とオレンジ」については感覚に沿うものになってるのではないだろうか。ところが緑とオレンジの間にできる色は想像できない。人間の感覚の中で最も理解し難いのは緑とオレンジの組み合わせだと思う。実際に見て「あれっ!」と思う人も多いだろう。そう、色相環で考えると黄色のラインを通るはずなのに黄色ができず、オリーブの実が若々しい緑から熟して濃い茶色になっていく過程の色変化が見られるのである。先述の通り、黄色は赤い部分の波長までを含んでいるので、緑を混ぜても赤の部分の波長が完全に打ち消されずに、明度が下がり、黄色ではなく茶色に見えてしまうのだ。つまり、様々有る色の中で、黄色だけは他の色同士を混ぜても絶対に作り出すことのできない孤高の色だということだ。

黄色の特殊性を示すもう一つの事例がある。学校では「赤と緑」「青とオレンジ」「黄色と紫」はそれぞれ色相環の反対側にあり、お互いにそれぞれの補色と呼ぶ。そして、それらを混ぜると色相円の中心部を通るので、グレーになると教わる。これもまた物事を単純化したことによって生じた間違いである。「赤と緑」「青とオレンジ」では確かにグレーを作る事ができる。しかし、黄色と紫でグレーができることはない。黄色が赤い部分の波長を含んでいるので、これを紫では打ち消すことができないのだ。したがって、赤を含む低彩度の色、つまり茶色を感じさせることになる。実は紫については黄色みの緑を加えるとグレーを作ることができるが、黄色にはグレーになる補色が存在しないのだ。
いろいろ話をしてきたが、結局私が言いたかった事はオレンジや紫をもっと使ってやって欲しいということにつきる。偏食・・いや偏色はよくない!
写真1:12色セットの絵具
写真2:Yellow顔料の反射率曲線
写真3:(左)想像しにくい混色 (右)三原色理論
写真4:逆三原色の混色
写真5:補色混色


小杉弘明氏による画材のトリビアコラムを連載します。
小杉弘明 プロフィール
1954年 大阪出身。
1977年 大阪府立大学 工学部応用化学科卒。
元ホルベイン工業株式会社 技術部長。
現カルチャーセンター講師。
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