
画材のトリビア11 2025-02-21
混色という魔界 Ⅰ
私、絵を習ってる先生に言われるんです。「あたなは混色が下手だから、絵がいつも濁っている。もう少し混色の勉強をしなさい。」って。だから混色の勉強をしにきました。…・これは私のやっている基礎講座に来られた生徒さんからよく聞く話である。これに対して「混色とはそもそも汚い色を作る作業です。混色が下手と言うより並べ方がうまくないと言うことでしょうね。」と言うと、たいていの人は驚いたような顔をする。混色は絵を描く上において欠かせない行為である。しかし、色の混色ほど誤解や勘違いの多い作業はない。色と色を混ぜ合わせる混色の本質は、①濁った色をつくり、②人の目を欺く作業であるということだ。マンセルの色相環は皆さんもよくご存知かと思うが、可視光のうち最も波長の長い赤と最も短い紫を結びつけて無理矢理円形にしたものである。円の外側に最もビビッドな色が並んでいるが、これを見るだけでも色と色を結ぶ直線は円弧より内側を通る事になるので、彩度が下がるだろう事は容易に理解されるに違いない。

さて、ここでもう一つの図をご覧にいれよう。これは実際に絵具のプライマリカラーで混色した色の反射率を測定して、L*a*b*という表色系で(色相と彩度)の位置を示したものである。難しい話は省くが、理論ではなく、実際の色を分光測色計で測ってみるとこうなるという話だ。マンセル立体を見たことのある人も多いかと思うが、黄色は明度の高い位置に彩度の高い点があり、赤や青は明度の低いところが逆に彩度が高い。従って、マンセル立体を特定の明度のところで輪切りにしてみると色は円形には並ばない。しかも三原色の間隔はマンセルの色相環のように120度ずつ均一に配置されないことが分かるだろう。そもそも色相環というのは、人間が色をうまく理解するために構築された虚構に過ぎないのだ。余談はさておき、この図も同一彩度のところを楕円で示している。色と色を混ぜていくと、実際の色は確かに元の色の彩度より必ず内側(彩度の低い側)を通るのだが、それが直線的に動いておらず、蛇行していることや赤味の紫や青味の緑が、より内側を通っていることがわかる。これこそ色の混色の摩訶不思議なところで一筋縄ではいかない。

さて、赤い顔料というのは、可視光の波長のうち長い赤の波長領域だけを反射して、それ以外の領域の光を取り込んでしまう色の粉である。これに対して青い顔料というのは、波長の短い青だけを返してくれる色の粉である。これらでできた絵具同士を混ぜ合わせると、両方の顔料によって多くの波長の光が吸収されることになって曲線はフラットになり、反射率も下がってしまう。反射率が下がると明度が下がり、曲線がフラットになると彩度も下がる。つまり、色同士を混ぜて元の色より綺麗になることはありえない。我々は混色して汚い色を作っているのである。きれいな純色の絵具ばかり並べると美しい絵ができるかといえばそんな事はなく、きっとケバケバしいだけの絵ができるだけだろう。

以下の図は少し遊びでやってみたものである。パソコン上で半径1cmの赤と縁の円を描き、これを元の1/2、さらに1/2と順次小さくしていった。5回繰り返すと元の1/32のサイズになるので、一つの円の半径は0.31mm(=310μm)となるが、この時点で既に一つ一つの色の点とは見えなくなって黒に近いグレーに見える。赤と緑は補色関係にあるので、グレーができた訳である。要は人間の目の分解能の限界を超えたために別な色が出現したように見えただけのことなのだ。西洋画の絵具に使われる顔料というのは粒子径がほとんど0.1μm以下なので、色同士を混ぜると上記のような事が常に起こっているわけだ。一般の人が絵具と絵具を混ぜたとき別な色ができたと思っているかもしれないが、まさか化学反応が起こるわけもないので、新しい色ができるはずもない。人の目が欺かれているだけのことなのである。ちなみに発光か反射光かの違いはあれテレビの仕組みも同じだ。例えば40インチのテレビ画面の高さは約50cmで、4Kテレビならば縦の画素数が2160ヶなので、それだけの光の点が並んでいる。計算してみると一つの点の半径は0.11mmとなって、さきほどやった遊びに近い事が起こっているのがわかるだろう。

さて、美術雑誌をみていると定期的に混色に関わる特集が組まれていて、たいていはプロ作家の混色手順であったり、作家独自の色同士の組み合わせの紹介だったりする。ただ、それらのほとんどが経験則であって、とても論理的な内容とは思えない。失礼ながら、それらの記事を企画編集する人達自身が混色についての大事な知識を持っていないのではないかと思う。プロ作家の混色した色の組み合わせについて、なぜこの色とこの色を合わせるとこの色ができるのですかと聞いても答えはない。そこにあるのは結果だけだ。「私が出したい、まさにこの色をどうしたら作れるか」の答えはない。そこで、論理的な混色法について、今後何回かに分けて話を展開したいと思っている。ただ、実際に色と色を混ぜて測定すると、先ほどの通り、理論通りには行かないことも多い。それは顔料の粒子の大きさがそれぞれ同じではないということが関係しているのではないかと思う。それでもなお、当てずっぽうよりは論理的思考の方が確実性は高いように思うのだがどうだろう。
写真1:(上)マンセルの色相環、(下)マンセル色立体
写真2:プライマリカラーによる調色
写真3:分光反射率と色相
写真4:赤と緑の混色

小杉弘明氏による画材のトリビアコラムを連載します。
小杉弘明 プロフィール
1954年 大阪出身。
1977年 大阪府立大学 工学部応用化学科卒。
元ホルベイン工業株式会社 技術部長。
現カルチャーセンター講師。
新着コラム
-
2025-02-21
-
2024-12-11
-
2024-10-08
-
2024-07-22
-
2024-05-29
-
2024-04-10
-
2024-03-05
コラムアクセスランキング
- 1位
チューブの話(続編) - 2位
「エマルジョンと言う勿れ ①」 - 3位
「エマルジョンと言う勿れ ②」 - 4位
絵具の価値を値段で量っていない?② - 5位
チューブ入り絵具が絵画にもたらしたもの(前編)