美術家・高山登氏の作品が設置された「アーティストラン・スペース空」のお披露目のイベントがある、というので岩手県一関市を訪れた。案内情報によれば、その場所は大船渡線の真滝というところの山の方にあるはず。しかし、駅から現地までの距離の見当がつかなかった。不安だったので、前日に一関入りして、当日ゆとりを持って真滝に行って、あとはひたすら歩く、という作戦を立てた。2時間くらいならまだなんとか歩き通せるのではないか。
切符や宿の手配がすっかり済んだあと、駅から徒歩15分くらい、との情報がきた。なーんだ。日帰りできたじゃん。ま、いいか。
それで、この際、普段しないことにチャレンジしてみようと決めた。
一関と言えば、あの「ベイシー」。はじめは石山修武氏の本で知った。その後、私のような者でもいろいろ知るようになった。よし、行ってみよう!
駅に到着後すぐ、観光案内所でともかく「ベイシー」の場所を教えてもらおうと思った。そうしたら、手渡された“公式”の地図には、すでにもう、ちゃんと「ベイシー」の場所が印刷されていて、ここから徒歩で15分ほどです、とだけ教えてくれた。
私は、オーディオのこともジャズのこともほとんど何も知らない。だから、ヒトはこれを、怖いもの見たさ、というだろう。何でも良い。ともかく、「ベイシー」目指して歩き始めたのである。
あっけないほど、難なく見つかって、ちょっと時間が早そうだったけれど、看板が出ていて灯りもついていたから、いいですか? と入っていくと、若い女性が、どうぞ、と案内してくれた。まだレコードはかかっていなかった(あ、ここでは「レコードを演奏する」というらしい)。私がこの日の最初の客のようだった。席を決め、お嬢さんにコーヒーを頼んでキョロキョロしていると、はじまった。
凄い。
鳥肌が立った。私は、小さい頃から“いい音”をきくと、鳥肌が立つ。何故かはわからない。加えて、どんな音が“いい音”なのかもわからない。が、鳥肌が立った時には、からだが、ほら“いい音”がしているぞ、と教えてくれているのだ、と解釈している。この日は何度も鳥肌が立った。
以上が、いかにも頼りない「ベイシー 」の“いい音”の報告である。我ながらアホみたいだ。というか、アホだ。スピーカーから出ている音という意識が消えていって、あたかもそこに次々にあらわれる「音」に浸っていた、とでも言えばいいのか。気がつくと3時間たっていて、これは「堪能」ということができたのだろう。もうヘトヘトだと自覚できた。これ以上はムリ、と判断して、お店をあとにした。じつに贅沢な時間だった。
次の日、当初の目的だった「アーティストラン・スペース空」を訪れた。が、その報告は改めて別の日に。今日はこれでおしまい。
(2018年10月7日、岩手県一関市にて)