藤村克裕雑記帳
2024-11-20
  • 藤村克裕雑記帳269
  • 晴天の日(11月17日、11月19日)のこと
  •  11月19日、PCを開いてSNSを覗いたら、詩人の谷川俊太郎氏が11月13日に老衰で亡くなっていたことを知った。92歳という。
     ずいぶん多くの人たちが谷川氏のことを投稿していてそのことに驚いたが、PCを閉じ、ふと書棚に手を伸ばして、いつか古本市で激安で入手した吉増剛造『太陽の川』(小沢書店、1978年)という本を取り出して開いたら、まさにその開いたところに「阿佐ヶ谷の谷川さんの家へ」という文章があった。「谷川さんの家」って、谷川俊太郎氏の家のこと? 雑誌の写真図版で見たことがあるけど、きれいに片付いているんだよなあ、とか思って、しかし、あまりの符合にうろたえながら、つい読み出してしまった。
     
    「阿佐ヶ谷の谷川さんの家へ、そう、昔はここに草原があって白い気球がぽっかり浮かんでいた。零歳から四歳くらいまでぼくはここに住んでいて戦争前夜の空気を呼吸していた。(略)」

     と始まる吉増氏の10ページほどのその文章は、まさに谷川俊太郎氏の家に勝手に行ってみたこと=吉増氏に言わせると「谷川あるき」のことを書いていた。吉増氏が線路(中央線)を挟んで反対側に住んでいた幼い頃の記憶をたどりながらそこを前日に歩いてみたことも含めているので、時空が入り組んだ複雑な印象の文になっている。で、ここでは線路の反対側のこと=吉増氏の前日の散歩のことは省略。

    「(略)「三彩」の編集者だった頃、隣にある谷川徹三氏のところに原稿を受け取るために行ったのが最初で、そのときもわたしは道に迷った。谷川さんの家附近は奇妙ないりくみかたをしていて、道に迷うと谷川宅を巻くようにしてさまようことになる。地下鉄南阿佐ケ谷駅から青梅街道をやや新宿よりにもどって右に折れ、ゆるい坂を下ってゆく少し低地のようなところに谷川さんのひらたい感じの木造の家がある。地形のせいだろうか、道が奇妙に枝分かれしていて迷うらしい。あたりには樹木も多くわたしは谷川さんのところにゆこうとして木立にそった細道を何度かゆききして迷った時の印象が強い。(略)新宿から「ゴワオワオワオと地下鉄がやってきて」(谷川俊太郎)それにのって南阿佐ヶ谷へやってきた。
    (略)
    「(略)地図はなし。谷川さんの御招待もなし。自分で「谷川あるき」と名付けているだけ。カメラと夏用の白いボストンバッグをもって。いや「地図」はこの詩。

         煙草屋の角を右へ折れてください
         足の悪い男の子が走ってゆきます
         枯れかかった樫の木の下を通ると
         ふと前世の記憶が戻ってくるかもしれません
         道なりにゆるく小学校のほうに曲がって
         (老人同士云い争う声が聞えるでしょうか)
         訳もなく立ち止まってもいいんですよ
         その時すれちがった一人の若い女の不幸に
         あなたは一生立ちいる事ができないのです
         でも口笛を吹いて下さって結構です
         風がパン工場の匂いを運んできたら
         十字路は気が向いたら左折して
         ちょっとつまずいたりして石塀にそって
         仕方なく歩いてくると表札が出ています
         私はぼんやり煙草をふかしているでしょう
         何のお話をしましょうか番茶をすすって
         それともあなたは私の家を通り過ぎて
         港のほうまでいらっしゃるのですか     (谷川俊太郎「道順」)

    やっぱり十分ほど迷って谷川家を巻くようにして杉並横丁の一隅谷川邸に出た。(略)」

     そこで吉増氏は戸口に「犬の登録標が四つも」あるのを発見する。◯の中に「犬」という字=記号が縦書きの文中に四つ縦に並べてあるのが面白い。「ぼんやり煙草をふかしている」はずの谷川氏は不在のようす。

    「(略)「道順」という詩にそって歩いてみるとおもしろいことに気づく。あの『道順』は谷川さんの家へ、ゆるやかなカーブをえがいて裏から入ってきて、戸口に出るようになっている。裏のほうは昔は沼地だったのか、幼い頃の谷川俊太郎氏の遊び場だったのか。「港のほう」という感じがよく判る。そのせいだろう小学校の金網越しに幻の塔もみえてきた。」

     吉増氏のこの文章は、別の日、白樺湖畔での講演のために中央線に乗って信濃境駅を過ぎたあたりで感じたり考えたりしたことで終わっている。

     今日(11月19日)の東京は、ちょっと寒いけどとっても天気がいい。こんな日は、この吉増氏の文章に従って「『ゴワオワオワオ』の地下鉄」に乗って南阿佐ヶ谷駅に降り立ち、吉増氏が「地図」として利用した詩を片手に、当てずっぽうに「谷川さんの家」の方へ散歩するのもいいなあ、と思った。
     が、拙宅は今日も工事中。職人さんの仕事が終わらなければどこにも出かけることができないのだ。
     その工事もやがて終わる。う、嬉しい。
  •  5ヶ月間の工事中に出かけることができたのはずっと日曜日だけだった。その日曜日も、様々な用事が生じて潰れていって、展覧会などにはなかなか出かけることができなかった。

     そんな中、先の日曜日(11月17日)に、なんとか上野の「芸大美術館」に行った。今年いっぱいで定年退官になる佐藤時啓氏と木津文哉氏が記念展をやっていたからである。いずれも旧知の人である。佐藤氏の展示は最終日。滑り込みセーフ。
  •  木津氏の仕事は「独立展」でずっと見てきたが、まとめて見たのははじめてだった。「騙し絵」と言っていい大きな絵が並んでいる様子はなかなか壮観だった。加えて、各種資料を始め、浪人時代や学生時代の作品、筋トレ中の写真パネルまであって、サービス満点だった。「美術教育」という“現場”の成果がもう少し分かりやすく構成されて加えられていれば、さらに見応えがあったのではないだろうか。
  •  佐藤氏はもともと彫刻科で学んで金属彫刻をやっていた人だが、その金属彫刻のフォルムを長時間露光の写真のペンライトの軌跡に置き換えることによって彫刻から写真へと活動の場を移していった。ペンライトをさらに太陽光を反射させる鏡に置き換えて、晴天での撮影を可能にし、活動の場をさらに広げてきた。展示にも彫刻科出身の彼ならではの工夫がいつもなされていて、感心させられてきた。近年はさらに新たな展開に挑んできている。今回の展示は、その仕事ぶりを概観できるように巧みに構成しつつ、創設時から佐藤氏が教員として関わってきた東京芸大の「先端芸術表現科」における佐藤研究室の教育・研究を、“教え子”たちの作品やコメントを一緒に展示することによって明らかにしていて、大変興味深く見た。“教え子”たちの多様な仕事ぶりは、教育者としての佐藤氏の姿を十分にあぶり出していて、芸大での退官記念展として、今までにないあり方を示していた。佐藤氏の写真作品では、長い時を置いて渋谷や新宿の同じ場所で撮影した写真を二枚横に並べていたのが、写真の記録性という特質の側面を取り込んでいて、強く印象に残った。

     その後は、池之端に足をのばして「古書ほうろう」を本当に久しぶりに冷やかし、相変わらずの充実の品揃えに感心し、何冊かに触手をのばしかけて、しかし、お財布が許してくれず、歯軋りしたのだった。
  •  夜には都営新宿線浜町駅に降り立って、旧知の優れた先輩=中村博氏が木部与巴仁氏などと近年取り組んでいる「Plan F」による「Plan F Project 2 秤りあう尻尾のラプソディ」という公演を見物し、ここで旧知の大串孝二氏や古川流雄氏、丸山常夫氏・芳子氏と久しぶりに会って、おなかいっぱいの日曜日であった。中村博氏のインスタレーション(=舞台装置)と中村氏自身がパフォーマンスで身につけていた“衣装”=“装置”を興味深く見た。

    (11月19日、東京にて)
  • ・谷川俊太郎(たにかわ しゅんたろう)
    1931年(昭和6年)12月15日 - 2024年(令和6年)11月13日、日本の詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家
    参考文献:
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E4%BF%8A%E5%A4%AA%E9%83%8E

    ・吉増剛造(よします ごうぞう)
    1939年(昭和14年)2月22日 - 、日本の詩人
    参考文献:
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%A2%97%E5%89%9B%E9%80%A0

    ・木津文哉退任記念展 《錯視の表情》
    会期:2024年11月16日(土) - 12月1日(日)
    午前10時 - 午後5時(入館は午後4時30分まで)
    休館日:月曜日
    会場:東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1、2
    公式HP:
    https://museum.geidai.ac.jp/exhibit/2024/11/kizu.html

    ・佐藤時啓退任記念展 with 研究室生+卒修生 ー交差する時間ー Intersecting Time ※終了しました
    会期:2024年11月2日(土) - 11月17日(日)
    会場:東京藝術大学大学美術館 本館 展示室3、4
    公式HP:
    https://museum.geidai.ac.jp/exhibit/2024/11/sato-intersecting-time.html

    Plan F Project 2 秤りあう尻尾のラプソディ ※終了しました
    2024年11月17日(日)19:00~ ◎開場18:30~
    会場:好文画廊(中央区日本橋浜町2-24-1)
    https://heart-to-art.net/improart/blog023-hakariau-rhapsody-20241117/?fbclid=IwY2xjawGqInNleHRuA2FlbQIxMAABHZpuf4f5SfwpZo_O-VD7VJV0APsn2N2a-jNvu4i2zLBa_2qxzmDghLyk8w_aem_8TBXx_uKZCEgT7ImUkkSkg


    写真1:吉増剛造『太陽の川』より
    写真2:東京芸大美術学部構内(上野)の看板
    写真3:木津文哉退官記念展会場にて
    写真4:佐藤時啓退任記念展会場にて
    写真5:「秤りあう尻尾のラプソディ」終演後のひとこま、左:木部与巴仁氏
  • [ 藤村克裕プロフィール ]
  • 1951年生まれ 帯広出身
  • 立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
  • 1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
  • 1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
  • 内外の賞を数々受賞。
  • 元京都芸術大学教授。
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