この作品の前に、彼はニューヨークのブロンクスで「ブロンクス・フロアーズ」(1972〜73年)と言われている作品に取り組んでいたことが、額装された写真で示されている。
ブロンクスの建物の中に入り込んで、床や壁の一部をノコギリで四角などに切り抜いて写真に撮り、切り取った現物を持ち帰ってくる。その現物や写真を展示した。‥‥これが、今回展示されている写真から分かることだ。
床や天井に開けた穴を“真正面”から撮った写真や、床の穴の向こうに下のフロアの窓が見えている写真など、一瞬何を撮ったものか分からなくて「え?」と思わせられる。どれも記録というより造形性を強調しているような写真だ。作業中の写真は含まれていない。それどころではなかったのだろう。しかし、折り目正しいこれらの写真から、現場での作業の様子は十分想像できる。
もちろん、建物の持ち主から許可なんか得ていない(はずだ)。どうせすぐ取り壊すのだから、と“非合法”にやっている(はずだ)。念のため断っておくが、非合法だから面白いのではない。
これらの写真を見て、私はささやかな私の体験を思い出していた。というのは、阪神大震災の後、これはやばい、と今私たち家族が住んでいる建物の耐震診断を区でやってもらったら、「大崩壊」という結論だった。止むを得ず、意を決して補強工事をした。その時、耐震と補強に影響のないところにあった窓の面積を大きく広げてもらうことにして、私は現場に立ち会っていた。窓の面積を大きく広げる、ということは既存の壁の大半を取り払う、ということだ。大工さんが、壁を壊していく。壁が取り払われた瞬間、光が音を立ててかたまりで飛び込んできたような気がした。そのくらい一気に明るくなった。同時に向こう側にあっても見えなかったものたちが全部見えてびっくりした。ものすごい驚きだった。そういう実体験のことを思い出したわけである。もう14、5年前の話だ。今はアルミサッシのガラス窓になって日常に溶け込んでいる。ガラス窓の向こうにあった建物は取り壊してテラスにした。
であるからして、建物の床や壁を四角く切り取ってしまう、というのは、単純に、塞がっている向こうを見通してみたい、ということではないか? その欲望のありかが、なんだか共有できるように思えたのだ。
展示されている写真をよく見ると、建物の構造には影響のないように切り取っているのがわかる。その気になれば、修復が可能なはずだ。作業中の自分(たち)の安全の確保、という意味もあっただろう。実際、切り取った床の部分がが下に落ちないように工夫してあった写真もあった。
印刷物をつくるためにレイアウトに取り組んでいた資料も出ていた。ゴードン・マッタ=クラークは、自分が取り組んだことを広く知らしめようとする努力を怠らなかったわけだ。
つづく→