藤村克裕雑記帳
2022-03-28
  • 色の不思議あれこれ215
  • 「香月泰男展」に滑り込んだ
  •  3月26日、練馬区立美術館は盛況だった。「香月泰男展」が次の日で終わってしまうからだろうか、高齢の方々を中心に、観客が絶え間なく訪れていた。
     見応えがある。私は途中でヘトヘトになってしまった。
     最初期作品が数点。
     まず、20歳の頃の絵。1931年作。香月は東京美術学校の学生だった(はずだ)。ゴッホから懸命に学び取ろうとしている。
     その横に、ブルー・グレイが基調の、年齢を考えれば、驚くほど完成度の高い風景画がある(1934年)。
     さらにその横には、大きすぎる両手の老人=香月の祖父の肖像画がある(1936年)。
     そのさらに横に、二人の少年を描いた大作がある(1936年)。
     これらはいずれも学生時代の作品だ。
     私はすでにもう“降参”である。香月泰男という人には、才能というものがきらめいている。

     あ、入口からの最初の壁面には、すでに何度か見たことがあった『釣り床』(1941年)と『水鏡』(1942年)とが並んでいた。その二点が、初期(戦前・戦中=応召前)の香月の作品群への導入になっていた。いずれも、さすがの完成度で、今や死語と化したような、マッスとかムーヴマン、単純化、構成、、、というような造形用語がここに確かに息づいている。加えて、どれも色がいい。仕事が実に丁寧である。これらの作品を支えたエスキースもあった。エスキースの段階ですでに無駄がない。
     『門・石垣』(1940年)、『波紋』(1943年)などの前では息をのんだ。『兎』や『尾花』も魅力的である。前期だけの展示だったので図録で知った『棚と壺』も見ておきたかった。

     こうした豊かな才能に恵まれた若者も戦争に駆り出され、あげく、捕虜になり、シベリアで筆舌に尽くし難い経験を強いられ、復員=帰国する。 

     香月の作品に、戦争体験はしばらく表に出てこない。造形的な追求が主になっているようである。とはいえ、『雨〈牛〉』(1947年)、『休憩』(1947年)、『埋葬』(1948年)というように、牛や馬の姿を借りた“ほのめかし”による戦争体験への言及を認めることはできる。すでに展示を終えて図録で見ることになった『休憩』では、休憩とは名ばかりで、死んでしまった馬を描いたのではないか、とさえ見える。死んだ馬を描いたといえば、即座に連想されるのは神田日勝だが、日勝に比していかにも“スマート”、モダン、というか、垢抜けた造形処理を経た“横たわる馬”である。
     それはともかく、1950年代に入るとキュビズム、とりわけブラックを咀嚼しようとする様子が見てとれる。
     中でも、『電車の中の手』(1953年)は驚嘆しつつ見た。この作品は、あまり他に類例を見ない表現に至っている。二つのことが挙げられるだろう。一つはキュビズム受容の具体例として。もう一つは、写真的というかスナップショット的な日常の光景の切り取り方において。一種トリミング的、というか浮世絵的な構図は、香月の作品の特徴と言っていいかもしれない。
     ともかく、どんな試みをしても、香月の作品は、ある水準を保持している。自分で作った小さな木彫をモチーフに取り込む、というかモチーフを確認する意味で木彫をしていたのだろうか、そういうこともしている。実に興味深い。
  •  やがて、方解末と木炭の粉末を用いたという香月独自のマチエールが登場し、「シベリア・シリーズ」の展開に至る。この独特なマチエールでの展開は、当時の「アンフォルメル旋風」への香月の応答のように私には見える。もっとも、日本で「アンフォルメル旋風」が吹き荒れた1956〜57年、香月は海外にいた。この時、ピカソに会ったそうだ。約半年間の旅行中に多くの作品を描いたという。大変な勤勉さである。
     「シベリア・シリーズ」はやはり圧巻である。前期のみに展示されたものもあるから、シリーズの全作品というのではないが、見応えがある。私は、顔や手などの形状があまり主張してこない『アムール』(1962年)、『伐』(1964年)、『荊』(1965年)、『凍土』(1965年)、『雨』(1968年)、『護』(1969年)のような作品に引き付けられた。身近なものを描いた作品群にはホッとさせられる。

     帰宅して、持ち帰ったチラシで紹介されていた「香月泰男との交流を101歳の画家 野見山暁治が語る〜ぼくだけが知っている香月泰男〜」をYouTubeで見たら、香月が東京芸大で講師をしたとき、学生にマチエールの作り方を尋ねられて、実演してみせ、15分ほどで月の絵を描いて、こんな風に安い材料で短い時間で高い絵を描け、と香月が言った、というエピソードを披露している野見山氏がいた。その話をした後すぐに、当時教授だった脇田和に学生が同じことを尋ねたら、それは自分で開発するものだ、と言って教えなかった、という話を付け加えていた。その野見山氏の近作(!)が並ぶ個展も明日で終了だったはずだ。偶然だろうが。
    (2022年3月26日、東京にて)

     
    「生誕110年 香月泰男展」
    会期:2022.02.06(日)~ 2022.03.27(日)
    会場:練馬区立美術館
    上記展示はすでに終了しています。

    巡回展
    足利市立美術館で予定されています。
    2022年4月5日(火)~5月29日(日)
    http://www.watv.ne.jp/ashi-bi/

    公式HP:https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=202110291635493767
     
    画像:《電車の中の手》1953年 油彩/カンヴァス  香月泰男美術館蔵
       《雨》1968年 油彩/カンヴァス 山口県立美術館蔵
  • [ 藤村克裕プロフィール ]
  • 1951年生まれ 帯広出身
  • 立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
  • 1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
  • 1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
  • 内外の賞を数々受賞。
  • 元京都芸術大学教授。
当サイトに掲載されている個々の情報(文字、写真、イラスト等)は編集著作権物として著作権の対象となっています。無断で複製・転載することは、法律で禁止されております。