年をとったせいだろう。いつの間にか、時間の経過が極端にはやくなってしまった。加えて、記憶力が明らかに低下している。これらの合わせ技がいかにも効果的で、この年末年始のことが、すでにもうおぼろげになりつつある。完全に忘れてしまわないうちにするメモ。
まず、年末のNHK「日曜美術館」。岡崎乾二郎氏が特集された。
私の世代(氏は私よりだいぶ若い)の作家群からは初めての「日曜美術館」特集への登場である。これが面白かった。
実は、豊田市美術館で開催中の「岡崎乾二郎 視覚のカイソウ」展は、始まったばかりの時に、日帰りで見物してきた。とてもいい展覧会だったと思う。思うが、どこがどういいか、を整理しようとするとこれが難しい。なぜかというと、氏の作品は、観客に“ナゾナゾ”を仕掛けているようなところがあって、私にはその“ナゾナゾ”がいつもちゃんと解けないのである。それが気になって「視覚」へと充分な集中ができなかったことが否めないせいもある。
テレビの中の岡崎氏は、その“ナゾナゾ”のいくつかについて、解答の一端をかなり踏み込んで、また率直に語っていた。作品の前で岡崎氏の説明を聞いていた番組司会の女子アナ氏は思わず、へえーっ、おもしろーい! と、おそらくは演出ではなく、心底感動していた(ように見えた)。確かに岡崎氏の説明は面白かった。面白かったが、そこからさらなるナゾが生じもするので、私としてはテレビの前でも件の女子アナ氏のようには素直に喜べなかった次第。
それはそれ、またゆっくり考えればいいのだ。
豊田市美術館で見た岡崎展。見かけはすっきりしているのに、すごい情報量。というのも、氏の活動領域は実に多岐に渡り、四十年間ひと時も休みなく続いている。その活動を網羅的に示そうとすれば、控えめにしたとしてもあのくらいの情報量になるのに違いない。
最初期の「たてもののきもち」を含むレリーフ、近年の“タイル”や“ポンチ絵”を含む絵画、立体、さらにコンピュータを介した作品群、各種著作や建築活動を巡る模型などの各種資料群、それらが手際よくピックアップされていた。また、展示全体が「インスタレーション」のように見ることができるほどに細部まで繊細に配慮されており、見応えがあった。
ずいぶん以前、軽井沢のセゾン美術館で行われた岡崎展について、私はあるところに文章を書いたことがあって、その時、私はその文章に確か「トレースの行方」とタイトルをつけた。岡崎作品の重要な要素として随所に見受けられる「トレース」や「マスキング」という手法が様々なことを可能にしていることを述べたつもりだった。その後、岡崎作品においては、「トレース」や「マスキング」が消え去ってきたようにみえる。言うまでもなく私の書いた文とは無関係だろう。近年は釉薬の流動性や絵の具の可塑性を生かした「トレース」や「マスキング」なしの制作になっている。「トレース」や「マスキング」の要素はコンピュータを介在させた作品に転換されているようにみえる。「ひと筆描き」なども頻出するようになった。
キャンバスを用いた作品の場合、アクリルメディウムをたっぷりと混入して得た“透明色”を、ペインティングナイフでその厚みをコントロールしつつ多様な姿で画面に置いている。結果、“透明色”の物理的な厚みの多寡が画面に「調子」「ぼかし」を作り出している。画面に「調子」「ぼかし」を得るために手製の“透明色”を用いている、とも言えるかもしれない。“透明色”は時にまるでジャムみたい。とても美味しそうに見えたりする。
これに比べて、“不透明色”を用いる場合、一つの色のその物理的な厚みによってだけでは「調子」「ぼかし」を得ることはできない。そのせいか、“不透明色”ではたびたび“難”が生じているように感じさせられた。
テレビで岡崎氏は、長い間、私にはナゾだったあの長いタイトルについても語っていたが、ほんと? の感が否めない。これもそのうちゆっくり考えてみたい。
テレビの番組内で大きく映し出されたレリーフ(「あかさかみつけ」や「でんえんちょうふほんまち」)は、映像という“二次元”に情報が“圧縮”されるせいか、カメラの移動とともに変化するその見え方が、とても意外な新鮮さを示していて実に面白かった。というのは、カメラが移動するから見えが変化する、というより、レリーフの画像自身が勝手にまるでアニメーションのように動いている、というような印象を生じていたのだ。このことも念のためにメモしておきたい。
そんな岡崎氏だが、同時期に東京での『坂田一男/捲土重来』展という展覧会を監修している。この展覧会を年明けの東京ステーションギャラリーでみた。
最初期の人体デッサンや留学期の油絵。初めて見たが、実に見応えがあった。
つづく→