次のスペースは大久保あり《No Title Yet》。
いきなり巨大な“仮設壁の裏側”に迎えられる。金属の構造物があらわなので“裏”と書いたが、裏表はどうでもいいのかもしれない。壁はぐるりと部屋を仕切っており、大変大掛かりなインスタレーションで驚いた。“仮設壁の表側”や“側面”は石のようなテクスチャー、所々に落書き、というか手慣れたグラフィティがある。豪華なようでハリボテ状態を強調し、いささか荒んだ印象も与える設定である。そこにさまざまなテイストの「もの」たちが、什器をはじめ、スペースのあちこちに配され、四つの言語で書かれた文章が複数、壁に配されている。正直、私はどう見たら良いか分からなかった。しかし、隅々までスキがなく、照明にも細やかな配慮がなされており、ずいぶんお金がかかっただろうな、という我ながらつまらぬ詮索に支配されてしまって、作家に申し訳ない。私には集中力がなくなってしまっていた。
最後の良知暁《シボレート/shibboleth》は、これまで巡ってきたスペースと対照的で、明るくてアッケラカンとした大きなスペース。
あ、違う。その大きな部屋に入る前に細長い部屋の奥の2台のスライドプロジェクターがパウル・ツェランの言葉を壁に映写していた。しかし、私はその映写をほとんど真面目には見ず、今時、こうしたスライドプロジェクターを使うのは珍しいな、と懐かしさにばかり目が行って、私自身のスライドプロジェクターは一体どこにしまい込んだのだろう、となど余計なことばかり考えるだけで、立ち去ってしまったのである。その部屋から持ち帰った袋入りの小冊子に目を通して、あ、あの場で映写内容をちゃんと見て(読んで)おくべきだった、と後悔したが、すでに後の祭り。以下、配布されていたその小冊子からの受け売りである。
作品タイトルの「シボレート/shibboleth」(合言葉)とは旧約聖書からとっている(らしい)。ギレアド人がエフライム人を見つけ出すための合言葉。ギレアド人とエフライム人との微細な発音の違いを根拠にエフライム人を見つけ出して殺していく。同じようなことは、1923年の関東大震災後に日本人が朝鮮人を見つけ出し殺すために使った「15円50銭」、1964年、米国ルイジアナ州での投票権テストに出題された「Write righit from the left to the right as you see it spelled here.」にも現実に使われた。こうした選別と排除の機能を持った「合言葉」を、「no pasaran」(奴ラヲ通スナ)と置き換えて「連帯」の「合言葉」として転回させよ、とツェランは言った(という)。
なるほど、それであの広くて明るい部屋に「15時50分」を指して動かぬ時計が壁にかけられ、「right」の発音記号の形状をした光らぬネオンサインが壁に設営され、中央に持ち帰って良いカードが置かれていたのだ、ということがわかった。今思い起こすその‘‘宙吊り状態’‘の展示が如何にも適切に思えてくる。
その後、コレクション展を見てクタクタになった。でも、コレクション展はとっても面白かった。初めて見る作品や資料もあって、つい夢中になり、それでバテ果ててしまったのである。
日曜日だったせいか、ホールに長い列ができていた。素晴らしい! と思いつつ帰路についた。
(2022年10月2日、東京にて)
「MOTアニュアル2022 私の正しさは誰かの悲しみあるいは憎しみ」
会期:2022年7月16日(土)- 10月16日(日)
休館日:月曜日
(10月10日は開館)、10月11日
会場:東京都現代美術館
開館時間
10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
観覧料:一般 1,300円 / 大学生・専門学校生・65歳以上 900円 / 中高生 500円 / 小学生以下無料
※ 本展チケットで、「MOTコレクション」もご覧いただけます。
※ 小学生以下のお客様は保護者の同伴が必要です。
※ 身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳持参者とその付き添いの方(2名まで)は無料です。
※ 予約優先チケットもございます。予約優先チケットはこちら
会場:東京都現代美術館 企画展示室3F
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館
公式HP
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mot-annual-2022/
画像:良知 暁《15:50》(「シボレート / schibboleth」における展示)2020-21年 (撮影:川村麻純)