そういうわけで、次の日(10月7日)、大船渡線・真滝駅に降り立って歩き、「アーティストラン・スペース空」に行った。要所要所に蛍光色のジャンパーの係員が立っていて誘導してくれたので、事前の心細さはどこへやら、難なく目的地にたどり着くことができた。
当日は、「スペース」のお披露目の記念イヴェント(=設営された高山登さんの作品群の公開とその高山登さんの作品のひとつで田中泯さんが踊るというイヴェント)があるので続々と人々が集まっていた。私もその中のひとりなのだ。
入り口で人々を高山さんが迎えていた。さすがに、晴れやかな表情だった。高山さんと少し話をしながら、係の女性たちから入場の手続きを済ませてもらって、スペースへのなだらかな上り坂を進んでいった。
道の先には、山の中にいきなりポッカリと、想像以上のスケールの「スペース」が広がっていた。緩やかな起伏の地形、ほぼ一面の芝生、きちんと整備された「スペース」。所々に植えられた若い樹々、‥‥。それらの広がりの中に設営されたたくさんの高山作品を巡っていく。どれも枕木でつくられた大掛かりな作品である。向こうに大きなモダンな建物も見える。それらすべてが、台風一過の光の中で眩しい。風が強い。
枕木の作品はただ置かれているのではなく、安全を十分に考慮してきっちりと設営されていて、あるものは多数の分厚い鉄板を水平に敷き詰めた上に、あるものは砕石を敷き詰めた上に、設置の“工法”が露わにならないように、と実に繊細に気が配られている。
高山さんは一貫して作品に枕木を使い続けてきている。その活動は、もう50年ほどになろうか。時に枕木相互が金具やボルトで連結されるようになって、構造の自在さを増したのはニューヨークで一年間を過ごしたあたりからだったろうか。今回お披露目された十数点の作品の多くも、枕木相互がボルトで連結されてダイナミックに構築されている。それは、枕木という“単位”をあらわにすると同時に、構築されて出現したそれぞれの作品の空間に一つ一つ異なった豊かな表情を作り出している。
高山さんは枕木を使う理由をいろいろな場で語ってきたが、この国の「近代」というものを根底のところから問うために枕木がどうしても必要だ、というのである。
つづく