花粉症なのでこの季節は出歩くのが億劫になるが、以前の雨の木曜日、休館日で大失敗した横浜美術館へともう一度向かった。コリもしないで。
数日前、「イサム・ノグチと長谷川三郎/変わるものと変わらざるもの」展はまだやっているよ! と教えてくれた人がいたのだ。ありがたいことである。
天気の良い暖かな水曜日。こんど横浜美術館は開いていた。展覧会も確かにまだやっていた。
長谷川三郎の作品をまとめて見たことがなかった。イサム・ノグチと仲良しだったことも知らなかった。「墨美」との関係は知っていたけど。
会場第一室に戦前の長谷川の作品を配して、そのあとは緩やかに時系列に添いながら展示が進んでゆく。戦後の1950年、イサム・ノグチの19年ぶりの来日を機に二人の交流が始まったことを示しつつ、次第にイサム・ノグチの展示に転じていく。巧みな構成である。
キャプションには、展示されている長谷川三郎の多くの作品が甲南学園という学校法人が所蔵していることが示されていた。これも知らなかった。
甲南学園は大正時代から続く関西の学校法人で大学・高校・中学がある(らしい)。「甲南学園長谷川三郎記念ギャラリー」は芦屋の甲南学園高等学校・中学校に1978年から併設されていて、250点以上の作品を所蔵している(らしい)。なぜ甲南学園?
それはね、長谷川三郎は中学、高校を甲南学園で学んでから東京帝大に進んだんだよ。いわゆる「母校」なの。その「母校」が大事にしてくれるような作家、というわけ。
長谷川三郎の作品は、どれもあっけらかんとしていた。油絵は色がカラッとしていて穏やかな前後感を備えている。いわゆる“重なりの遠近”による前後感。油画以外にも、紙片を構成したコラージュによる作品、黒く塗った平面に複数の切断した木製の雲形定規を構成的に組み合わせて貼った作品や、綿を敷いた上に毛糸でグリットを作り小豆を複数配してガラス板を乗せた作品もある。これらは、作品の破損を恐れてかどうか、台上に水平におかれている。物体としての紙片などが物理的に重なり合うので、手前と奥とが物理的に生じている。“極めて浅いレリーフ”といっても良いかもしれない。
写真の「郷土誌」シリーズも魅力的だが、戦後になって取り組んだフォトグラムはとりわけ素晴らしい。フォトグラムといえば、私たちはふつう瑛九の仕事を親しく思い出すわけだが、戦前、宮崎から持参した多数の自作フォトグラムを長谷川三郎に見せて驚かせた杉田秀夫に、瑛九というもう一つの名前をつけたのが長谷川だったことを知ってびっくりした(ちょうど常設展でも瑛九のフォトグラムが数点並んでいて、思いがけず両者の違いを見て取ることができて実に興味深かった)。
つづく→