二室の作品は、上から白い糸が一本、床ギリギリまで下げられている。文字にすればそれだけのことだ。糸には、たくさん結び目がある。なるほど、それで、真っ直ぐではないのである。薄暗くはあるがスポットライトを浴びているから、かろうじてこの白い糸を見つけることができた。上の方はどうなっているか。ほとんど見えない。壁から壁へ渡された糸で支えられてそこから下がっているらしい。南北に伸びたその支えの糸から、無数の結び目によってできる微妙なよじれをまといながら垂直方向、つまり地球の中心に向かって垂れ下がる糸。空調の風や観客の動きが巻き起こす風で、わずかに敏感に揺れる。
三室はもっと薄暗い。結界があるがその先には暗がりが見えるばかりだ。ふと体を動かすと、いきなり、今まで体験したことない量感が襲ってくる。何かがある。目を凝らし、体の位置を移動させていくと、無数の赤い糸が視界の左右を横切っているのがかすかに見える。見えるが、見えない。見えないが見える。これらの糸たちは、左右の壁の上方に東西方向に繋げられて、床に接することなく垂れ下がって放物線を描いているらしい。とはいえ、その姿の全貌は見えない。
空調や観客の動きで糸たちが揺れているのは分かる。
備え付けガラスの什器の中にも同じような作品があるが、東西に渡されたその作品の一部はガラスのコーナーに引っかかるに任せてある。
奥の什器の中にも、もう一つの作品があるようだが、それは全く見えていない。見えなくてもいいのだ、そういう覚悟のようなものが清々しくもある。
インスタレーションは一旦ここでおしまい。あとは、ドローイングや版画、小品、資料類、ビデオ映像などが並んでいる。
ビデオにはロビーでの展示作業映像が含まれていたので、探してみるが、全くわからない。見かねた係のご婦人がヒントをくださって、辛うじて見つけることができた。南北の方向に22の結び目をつけた白い糸が実に高い位置に伸びていた。
ビデオの中で、支えの糸が3ヶ月の長丁場に耐えられるかどうか、を心配している池内氏がいたが、もっと、2年、3年、、、20年、30年、、、と設営し続けて、やがて微細なホコリがからんで輪郭を曖昧にしながら呼吸し続ける池内作品も見てみたい。途中で切れたら切れたで、そのままにしておきたいような気もする。
かつて、大きな部屋の壁と床との境目にずーっと、びっしり透明なビーズを繋いだ糸を這わせた内藤礼氏の作品にとても驚いた記憶があるが、あれとは別の意味で覚醒させられた思いのする展示だった。
(2022年2月10日 東京にて)
「池内晶子 あるいは、地のちからをあつめて」展
会期:2021年12月18日(土曜日)から2022年2月27日(日曜日)まで
休館日:月曜日、2月24日(木曜日)
時間:午前10時から午後5時(入場は午後4時30分まで)
会場:府中市美術館
観覧料:一般700円(560円)、高校・大学生350円(280円)、小・中学生150円(120円)
()内は20名以上の団体料金。
未就学児および障害者手帳等をお持ちの方は無料。
常設展もご覧いただけます。
府中市内の小中学生は「府中っ子学びのパスポート」で無料。
公式HP
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/